ゆず

おクジラさま ふたつの正義の物語のゆずのレビュー・感想・評価

3.8
冒頭、地域のお祭りで子供たちがシャチの小さな山車を引き回す映像でもう笑ってしまった。
舞台は和歌山県太地町。クジラに命を救われた伝説が残るその町は、それゆえにクジラを祀り、クジラに感謝し、クジラを食べる。

2009年の映画「ザ・コーヴ」は、私にとって、観に行ったこと自体を後悔した稀な作品である。英語で「入り江」と名付けられたそのドキュメンタリーは、太地町のイルカ追い込み漁を挑発的な撮影と過剰な演出で一方的に攻撃している。
そしてそんなプロパガンダ映画は、アカデミー賞を受賞するという最悪の形で世界の目に触れることになった。
この「おクジラさま」はその「ザ・コーヴ」以降の太地町を映し出した作品である。

副題に「ふたつの正義の物語」とあるが、端的に言えばイルカを護るか町民の生活を守るかの二つの正義の対立である。
「残酷で野蛮な」イルカ漁をやめさせるために太地町に乗り込んできたシーシェパードのチーム。
「伝統の存続」と「イルカ・クジラ産業で町おこし」を訴える町長と、「生活のため」にイルカを獲らないといけない漁師たち。
その他にも様々な立場の人間が登場してイルカ漁をめぐる議論を多角的に捉えていく。
両者の埋まらない溝を埋めるために仲介役を買って出たのが、見るからに右翼の謎の男。このチンピラがいつの間にか討論会を取り仕切っているのがめっちゃ笑える。この映画の一つの見どころである。

ひとつ気づかされたのは、「NOイルカ漁!」と叫ぶ海外勢力に対して、「これが日本の伝統なんだ!」と抗う気持ちはナショナリズムと同じなんじゃないかということ。
「イルカ漁を守ろうというくせにイルカ肉は食べないでしょ?」という言葉に、冷や水をかけられた思いがした。
イルカ肉を食べることがイルカ漁への最大の応援になるのだが、町内でしかほとんど流通しておらず、とくべつ美味というわけでもないイルカ肉を、わざわざ食べたいとは私は思わない。それでもイルカ漁を肯定するのは、日本の伝統を否定する海外勢力に屈したくないという意地からくるものじゃないのか。そう言われればたしかにそうかもしれない。

また、日本人は自分の考えを外へ示すことが不得意ということがよく分かった。
議論はもしかしたら初めからイルカ漁が正しいかどうかの次元ではなく、いかに自分の意見を発信して周りを巻き込んでいくか、そこのレベルの闘いだったのかもしれない。
少なくともシーシェパードは「ザ・コーヴ」という映画を利用して太地町を世界の目に晒す大義名分を得たわけだし、そうなった以上は、太地町はイルカ漁の正当性をアピールしていかなければならない。太地町の人たちからしたらとても迷惑極まりない話だとは思うが、勝手な噂を流す奴がいたらそれはデマだとビシッと言ってやらねばならない。
太地町が直面したこの問題は、日本と韓国の間にある慰安婦問題でも同じことが言える。事実かどうかはともかくとして韓国は慰安婦像を世界中に作ろうとする。そのネガティブキャンペーンに対抗する措置を、どんなに面倒臭くてもやらねば、いいように言われるだけなのである。



10/18 おクジラさま ふたつの正義の物語 @フォーラム仙台
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