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東京の合唱(コーラス)のkaomatsuのレビュー・感想・評価

東京の合唱(コーラス)(1931年製作の映画)
4.0
小津安二郎監督のサイレント時代の名作。1931年(昭和6年)公開の作品ながら、貧困問題を抱える現代の世相に恐ろしいほどマッチした内容に驚く。

正義感が災いし、保険会社をクビになった岡島(岡田時彦。岡田茉莉子さんのお父さん)。生活は困窮し始め、病を患う娘(当時7歳の高峰秀子)の入院費用もままならなくなる。そんな矢先、高校時代の恩師・大村(齋藤達雄)に出会い、妻・すが子(八雲恵美子)には内緒で、大村が始める洋食店「カロリー軒」を手伝い始める。ある日、サンドイッチマンの格好で店のビラを配る岡島を目撃したすが子はショックを受け、悲しみに打ちひしがれる。果たして、家族の運命や如何に…。

と書いてしまうと、救いようのない貧乏地獄を描いた悲劇のようだが、そこは名匠・小津安二郎。エルンスト・ルビッチ譲りの、おおらかなコメディータッチで笑いに包みながらも、人間の尊厳をしれっと描いていて、実にニクイ作品だ。たとえどんなに貧乏でも、プライドを持ち(または捨てて)、誇りある幸せな生活を営んでいけるかどうか…主人公・岡島の活躍は、その処世術を観る者に示唆する。弱冠28歳にして、この深みあるプロットを書き、映画化した小津安二郎監督の早熟の手腕に、ただただ驚くばかり。全体に編集が雑な印象を受けるが、晩年に花開く小津マジックの萌芽があちこちに感じられて、とても興味深い。

ちなみにこの作品は、2011年に小津安二郎監督の生まれ故郷である東京・深川のとあるホールで、活動弁士の澤登 翠(さわと みどり)さんの活弁付きで観た。絶妙なる行間と洗練を湛えた、澤登さんの心地よい噺に酔い知れると共に、伝統話芸である活弁の現在進行形を堪能したことも手伝って、思い出深い映画鑑賞となった。
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