Gewalt

希望のかなたのGewaltのレビュー・感想・評価

希望のかなた(2017年製作の映画)
4.3
強く抑制された演出と深い陰影が際立つ映像の中で、中東諸国の難民の姿とそこに伸し掛かる異なる者への無理解、そして人間の善はそれらを克服し得るという静かだが力強い信念を描く。

カウリスマキ作品は初めて見たが、一度でその映像的作家性が伝わる程に特色溢れる映像だった。少ない台詞、役者たちの感情を抑えた演技、劇伴不使用(作中で流れる音楽は演奏やプレイヤーを通して全て実際に劇中世界で流れている)、引き気味に固定されたカメラ……観客の情動を煽る演出は厳しく抑制され映像は常に緊張感に貫かれている。しかし映像は豊かで美しい。映画全体を通じて、画面は色濃い影と暗闇が頻出する。映画の要所で美しい構図を伴って現れ世界の暗黒性と登場人物の不安や苦悩に適切なトーンを与える。またカット割りも小気味良く、無駄な説明を省き物語を先へ先へと押し進めるため、ストイックな造りの映像にも拘わらず見る者を飽きさせない。
同時に抑制された演出は、真顔でおかしなことを言っているような、コメディにおける効果をも生み出している。ストイックで淡々としたカット割りで進む「スシ」の件は、日本文化に深く関わって育った者なら笑わずにはいられないだろう。

物語に触れよう。母国シリアの内線を逃れ混乱の中はぐれた妹を探すうちフィンランドへと辿り着いた主人公カーリド。難民申請を出したカーリドだったが彼を待っていたのは手錠をかけていないだけで囚人となんら変わらない扱いと欺瞞に満ちたフィンランドの対応だった。
街に出ればカーリドは差別と暴力に晒される。この差別描写は「異なる者への無知・無理解」をその根底に置いている。クライマックスでカーリドが遭遇するある事件は、おぞましいまでの無知がもたらしたことに人は戦慄する。こうした「異なる者への無知・無理解」は映画の所々で共鳴している。コメディではあるが上述の「スシ」の件は日本への無知であるし、「インド料理ガンジー」という余りにもステロタイプな店名もそうした輪の一部だ。
だがこの映画は全体として、人間の善性はそうした陰惨な現実を克服できると力強く訴える。映画のもう一人の主人公でありレストランを経営するヴィクストロムは、たまたま店先にいただけのカリードに救いの手を差し伸べる。イラクから来た難民はカーリドの妹探しに尽力する。カーリドもまた自分に向けられた善意に報いるように、困難な境遇にある人に対してはささやかながらも援助を行っている。映画の中で、カーリドは全てにおいて救われた訳ではない。しかしフィンランドで出会った人々の善意なくしては決して得られなかった一つの救いを得る。それこそがこの映画が人の善意を信じる理由であり我々を励ますのだ。
付言すると音楽の使い方が素晴らしい。劇中では複数のミュージシャン・バンドが登場するが、冒頭でDIYギターをかき鳴らす壮年男性のようにブルース調の音楽が印象的だ。ブルースの原型を形造った、ギターを手に拠り所なく南部を流浪する黒人ブルースマンたちの姿は、母国を失いヨーロッパを彷徨うカーリドら難民の姿と重なる。彼らに捧げられ彼らの魂を慰撫するにこれほど適した音楽はないのではなかろうか。

画面を覆う夜の闇は、難民を巡る現実の暗黒を映した鏡だ。欺瞞に満ちたフィンランドの難民対応と破壊されるアレッポの街のニュース映像には強い怒りが満ちている。しかしそれでもこの映画は人間の善性への、いささか無邪気とも言える希望を捨てない。そのような希望こそがカーリドを正に現実に救い得たのだと訴えて止まない。見る者の善意と希望を目指す心にそっと火を灯す、そんな静かだが力強い作品だ。
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