ベイビー

希望のかなたのベイビーのレビュー・感想・評価

希望のかなた(2017年製作の映画)
3.9
昨年の夏の話…

僕の会社の同僚であり、フォロワーのdarisakmatsuさんが、昨年の夏に奥さんとフィンランドへ旅行に行った時の土産話です。

その旅の目的は色々あったみたいですが、一番の目的はアキ・カウリスマキ監督がヘルシンキで共同経営しているバー「カフェ・モスクワ」へ行くことでした。

かなりのこだわりがあるお店らしく、特に色にはこだわり抜いたそう。ソビエト連邦時代の雰囲気を漂わせた店内は、まるで映画の世界へ入り込んだような、ノスタルジックな感覚に包み込まれるというもの…

そんな情報をひっさげて、意気揚々と目的地に着いたら、店が閉まっていたとのことでした。ただ単にその日が定休日だった訳ではなく、ビルの改修で立ち退きを理由に、二人が訪れた2週間前に閉店してしまったということです。

もちろんdarisakmatsu夫妻は失意のどん底へ。"タイミングが悪い"では片づけられないやるせなさで、その時かなり落ち込んだそうです。それもそうでしょう。何せ旅の目的の大半を運悪く失ってしまったのです。

夫妻は失意のまま、昼間っからその近くのバーに入りやけ酒を飲みまくったとのこと。あまりお酒が強くないくせに、その日は飲まずにいられなかった悔しさが…

そんなことをしていると、その閉店になった店の前に一台の高級車が止まりました。夫妻がその車を注意深く見ていたら、なんと車からアキ・カウリスマキ監督が降りて来たそうです。

夫妻揃って、えーーーー!の大絶叫。
まさかのご本人登場‼︎

二人でアキ・カウリスマキ監督に駆け寄り、あれやこれやと色々会話をし、一緒に写真も撮ってもらったという結末に…

なんと羨ましい話。

この話を聞いて僕は「この人、映画の神様に愛されてるんだなぁ」と思いました。だって、そんな旅行先で意中の人に会えるなんてよっぽどのことだと思うんです。

そんなラッキー、僕がフィラデルフィアに行ったらデヴィッド・リンチ監督に会うようなものでしょ? そんな確率どこにあるの?

そもそも、僕がその日その時間にその店の前で高級車からその大男が降りて来たのを見たとしても、それをアキ・カウリスマキ監督だと気づかなかったと思うんです。だって、僕は監督のお顔を存じませんので…

結局、夫妻がアキ・カウリスマキ監督に会えたのは、彼の作品が好きだったから、彼の面影に少しでも触れようとヘルシンキまで出向いたから、そして当然彼の顔を知っていたからだと思うんです。

夜空を見上げない人に星は見えません。夜空に星があることを知り、星が好きでいつも夜空を見上げている人の前にいつしか流れ星は現れます。

それと同じように、何かしらの思いというか、前置きというか、日頃からある程度の希望を膨らませておかないと、それなりの未来は開けないと思うんです…

奇しくもこの作品もそのような作品でした。

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内戦が激化するシリアから逃れ、カリードは偶然ヘルシンキにたどり着きます。

空爆で家を破壊され、父、母、弟を亡くしてしまったカリードの唯一の希望は生き別れた妹が平和に生きること。

カリードはヘルシンキでいろんな人と出会いながら、妹を探し続けます…

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「希望のかなた」

死線を掻い潜って偶然たどり着いたヘルシンキ…
その偶然の中に、カリードが希望して止まなかった安らぎがありました。そしていびつながら、この物語の結末もカリードの希望の成れの果て。望み通りとは違いますが、希望はいびつながらも叶うことになるのです。

人生はままならない
しかし希望を忘れたら何も起こらない

「希望のかなた」に見えるのは、思いがけない出会いと、人と人とが紡ぐほんの少しだけ開かれた未来。darisakmatsu夫妻のエピソード同様、思い描いた予測とは、違う角度の結末が待っているものだと思います…

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夫妻とアキ・カウリスマキ監督との別れ際、監督は夫妻に向かって「ワサビ、ワサビ、アリガトウゴザイマス、ワサビー」と意味不明なことを叫んでいたそうです。でも、この作品を観て何となくその言葉の意味が…

この作品にスシを作るシーンがあるのですが、そこで使われているワサビの量がシャリの量と同じで、日本人なら誰しもビックリしてしまうハンパない量。

アキ・カウリスマキ監督は、さぞかしワサビが好きなんでしょうね。だから「ワサビ、アリガトウ」なんですね。

監督から作品にまつわる言葉を直に聞けるなんて…
ああ、僕も映画の神様に愛されたいものです。
ベイビー

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