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女と男の観覧車のTOSHIのレビュー・感想・評価

女と男の観覧車(2017年製作の映画)
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私はウディ・アレン監督作品が大好きだが、本人が主演する作品に比べると、出演しない作品は物足りなく感じる事が多い。私がアレン監督作品に惹かれるのは、人生は無意味という諦念が核にありながら、それでも大都会で愚痴・皮肉を言いつつ、微かな希望を見出し生きていく主人公を据えた物語にあり、その独特の人生観やユーモア感覚は、やはり本人主演でないと表現できないと感じる。そして監督に専念した作品は、そもそもそういった志向性ではない場合が多く、笑いが少ない傾向があるように思う。

近年は監督に専念しており本作もそうだが、行楽地としてやや落ちぶれていた1950年代のコニーアイランドという設定は、アレン監督の手腕が発揮されそうな舞台だ。遊園地のレストランでウェイトレスとして働く元女優のジニー(ケイト・ウィンスレット)は、再婚同士である回転木馬の管理人である夫・ハンプティ(ジム・ベルーシ)と、自分の連れ子・リッチー(ジャック・ゴア)と一緒に、ビックリハウスを改造したアパートに住むが、観覧車の目の前というロケーションが、とても映画的だ。かの「タイタニック」のウィンスレットだが、老けてむくんだ中年女性を体現している。顔立ちは美人だが、意図的な演出なのか化粧っ気もなく、その風貌はショッキングでさえある。
ある日突然、久しく連絡がなかった夫の娘・キャロライナ(ジュノー・テンプル)が現れる。20歳でイタリア人のギャングと駆け落ちしていたが、別れて組織に命を狙われる身となっていた。親とは絶縁状態なのを知る組織が、探しに来ない事を計算して逃げ込んできたのだ。最初は嫌悪感を示していたハンプティだが、娘を匿いウェイトレスをさせ、学校にも通わせる。ジニーは、親に面倒をみてもらい、依然として裕福な専業主婦のように着飾るキャロライナが、気に入らないようだ。

ジニーは、ビーチでライフセーバーのアルバイトをしている、復員兵で脚本家志望のミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)と不倫関係にあった。本作の語り部はミッキーで、カメラに向かって話すのが、アレン監督作品らしい。橋の下でセックスする二人。ジニーは夫と別れて、ミッキーと一緒になる事を望んでいるようだが、「ここではないどこか」を求める儚さが漂っている。現実逃避しないと生きられない女性という意味では、「ブルー・ジャスミン」のケイト・ウィンスレットに通じる。

リッチーは学校をサボって映画ばかり観ているが(継父への反発もあるのだろう)、木に火を点ける放火癖が、刺激を求めるという意味で母親の不倫と重なる。何度も怒られ、カウンセリングまで受けさせられながら、少しも懲りずに燃やし続けるのが笑える。本作では唯一の、笑いの要素だ。
物語はミッキーが、キャロライナと知り合い(ジニーと並んで歩いている所に、出会す)、距離を縮める事で、波乱の展開となる。ミッキーは最初こそ、年増だが美人のジニーに魅了され、本物の愛であるかのように振る舞うものの、そこにもっと若い美女が現れると、簡単に目移りしてしまうのだ。ジニーも夫よりも、若いイケメンを選んでいる立場なので、ミッキーの心理を分かりつつ、認めたくない一心で彼に執着し、精神のバランスを崩していく…。

「ブルー・ジャスミン」と同じく、過去の栄光にすがるイタイ女の空回りが描かれるが、回り続ける観覧車がそれを象徴するかのようだ(原題のWonder Wheelは、観覧車の名前)。「カフェ・ソサエティ」でも組んだヴィットリオ・ストラーロの撮影による、観覧車のライトの色が、感情に合わせて変わる映像が洗練されていた。

よくアレン監督作品は、出来不出来の差があると言われるが、不出来な作品は、笑いが少なく、猫だまし的なアレン節をまぶしたような物である事が多いと思う。本作も、そういった作品であるようにも見える。アレン監督の傑作にはある、映画的な奇跡の瞬間もなかった。しかし類型的なメロドロマのようで、本作は決して凡作ではない。うんざりするようなハンプティとの夫婦喧嘩、嫉妬心を露わにするミッキーとの喧嘩を通じて、みっともない姿を晒し続けるジニーを巡るドラマは、特に同じような年齢の中年女性達には刺さるであろうし、アレン監督ならではの職人芸だろう。

同棲相手だったミア・ファローの養女に対する性的虐待疑惑が起こっているアレン監督だが(本人は否定している)、妄想にとらわれた女優が、恋人と義理の娘の関係を疑って怒り狂うというストーリーは、ファローが重ねられているようにも思える。ファローを糾弾しているのか、虐待を自白しているのかは分からないが、そう考えると特別な意味を持つ作品だ(実は極めて私的な内容が、商業性を持つ事は、表現の一つの形だと思う)。騒動でアレン監督作品に出演した俳優陣からも非難が集中し、今後も監督業を継続できるかは不透明だが、過去の思い入れのある傑作を観返す事にも、後ろめたさを感じなければいけない事態にならない事を願う。
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