うえびん

桜桃の味のうえびんのレビュー・感想・評価

桜桃の味(1997年製作の映画)
3.8
心象風景と目に見える景色の交錯

1997年 イラン映画

主人公バディは自殺を助けてくれる人を探している。一人で死にきれないことは、まだ生きる望みを残しているからだろうか?車で街や野山を走り回る。デコボコ道に古びたレンジローバーがよく似合う。

車の窓から見える景色が印象的。黒い鋼管の山、緑少ない枯れた土地、黄色い電話ボックス、黄金色の丘の上…。初めて見るイランの風景は見ていて飽きない。少ないセリフの“間”に、バディの表情と風景を重ねて彼の心中に想像力が掻き立てられる。

乾いた岩土に、バディの渇いた心を投影する。ブルドーザーの影に呑み込まれるバディの影、土埃にまみれるバディから、死への切望を感じる。

わずかな登場人物、クルド人の若い兵士、アフガニスタン出身の神学生、トルコ人の剥製師、イランが多民族国家であること、戦争が日常の中にあること、イスラム教の熱心な信者が多いことを知る。

トルコ人のバゲリさんの詩的な言葉がバディの心に、観ている僕の心に響く。
「あんたの目で見てる世界は本当の世界と違う。見方を変えれば世界が変わる。」

それからバディの目に映る世界が変わる。羽ばたく鳥の群れ、長く延びる飛行機雲、夕焼け空に沈んでゆく太陽、サッカーコートを走る子どもたち。バディの目に、わずかな希望の光が灯るのを感じ見る。最後、暗闇の中の雷鳴、雨音、犬の鳴き声、バディがどうなったのか?目に見えるものは何もない。耳に聞こえるものだけで想像する。

刹那的な人間の内面世界と、それを大きく包み込む外的世界。内面の心が変わると目に見える外の世界が変わる。イラン版『富嶽百景』(太宰治)のような文学的な味わいもある作品でした。
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