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ウォーキング・ウィズ・エネミー / ナチスになりすました男のeのレビュー・感想・評価

3.8
1944年のハンガリーが舞台です。例によってドイツ人やハンガリー人が英語を喋りますが、気にせずいきましょう。

映画冒頭で、アドルフ・アイヒマンがブタペストにやってきます。これはナチス・ドイツのハンガリー侵攻「マルガレーテ作戦」です。ハンガリーはドイツと共にソ連と戦っていた枢軸国側だったんですが、もうドイツが負けそうなので、連合国と講和して戦争を終わらせようとするんですね。それを阻止するためにドイツは同盟国であるハンガリーに軍事侵攻します。

アイヒマンの他、親衛隊のオットー・スコルツェニーや、摂政ホルティ・ミクローシュ、矢十字党サーラシ・フェレンツなど、主人公たちと直接絡まないのですが、この時代のハンガリーの主要な人物がこぞって登場します。ユダヤ人に保護証を発行するスイス領事のカール・ルッツも出てきます。知名度のあるワレンバーグじゃないのはやはり実話を元にしているからでしょうか。

1944年になるとヨーロッパの他の国ではユダヤ人の「最終解決」はもうほぼ完了しており、ポーランドユダヤ人300万人も9割が殺されています。ハンガリーはドイツと同盟国であり主権をたもっていたので、この時点までユダヤ人の移送は行われておらず、国内には80万人のユダヤ人がまだ手付かずで暮らしていました。ただし反ユダヤ法により、ユダヤ人たちは強制労働などをさせられていました。

それがドイツの軍事侵攻で占領され、アイヒマンの指揮でユダヤ人の移送が始まります。行き先はアウシュビッツです。この移送を手助けするのがハンガリーのファシスト政党、矢十字党です。この映画はハンガリーが舞台だけあって矢十字党が出まくるんですが、こんなに矢十字党が出る映画は他に知りません。移送はまず、首都ブダペスト以外の周辺地域から始まります。主人公の家族が消えたのはこういうわけです。映画だと摂政ホルティ・ミクローシュはナチスに屈しない指導者風に描かれていますが、実際はこの移送についてはホルティは黙認しています。

しかしホルティは基本的にはナチスには批判的だったようで、最終的にはブダペストのユダヤ人20万人の移送を停止させます。そして再びソ連と講和しようとするんですが、ナチスはまたそれを阻止するため「パンツァーファウスト作戦」を実行します。ホルティの息子を誘拐して、休戦を撤回させ、「矢十字党」のサーラシを首相に着けさせます。映画ではホルティの息子が捕まって目の前で人質にされる、みたいな感じでしたが、実際は誘拐されてそのままドイツに連れて行かれたようです。

矢十字党が政権につくと、ブダペストのユダヤ人の移送も開始され、ユダヤ人に対する殺戮行為も堂々と行われるようになります。川岸でユダヤ人が撃たれそのまま川に落ちていくシーンがありましたが、実際に毎日あのようにしてユダヤ人が殺されていたようです。矢十字党員もユダヤ人も、元々は同じブダペストに住む隣人同士なのに、考えると恐ろしい。

そんな戦争末期のハンガリーを、主人公はナチス親衛隊の制服を着てドイツ人になりすまし、ユダヤ人たちを救っていくのがこの映画の話なんですが、救出できるユダヤ人より殺されていくユダヤ人の方が断然多いような状況なんですよね。なのでハリウッド映画のようなカタルシスもないし、英雄の物語という感じもないです。どちらかと言えば映像的にも地味。

実話を基にしてるので当たり前ですが史実をなぞって話が進んでいくので事前におおまかに出来事を把握してるとより楽しめるかと思います。

しかしこの主人公のモデルとなった実在した方は、おそらく日本語文献で触れられている書籍などはないのではないでしょうか。ハンガリーではどれくら知られている話なのか気になります。あと何度か登場する矢十字党の下っ端党員も実在の人物であることには若干感動を覚えました(ラストで登場人物のその後が軽く紹介されており、そこで実在の人物という事が分かった)。こういう演出は当事者国であるハンガリーが制作に関わっていないと出来ないと思いますので、拍手を送りたいです。
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