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四月の永い夢のNAOKIのレビュー・感想・評価

四月の永い夢(2017年製作の映画)
3.6
気に入らねぇな…

人というのは面白い…
一本の同じ映画を観て…片方は「面白かった…良かった」もう片方が「気に入らねぇ…つまんなかった」
そして両方が誉めたり貶したりしてるポイントが同じだったりする。
人って面白い。

ゼンさんは駅裏の路地で小さな飯屋をやってる男でもう長年おれの映画友達だ。
客であるおれと暗黙のルールがいつの間にか出来ていて…お互いのプライベートに関してはほとんど触れず店以外で会うこともない。おれが飯を食いにいってただ映画談義に花を咲かせるだけの友達…

二人ともこの「四月の永い夢」を観たのだけど…
「いい映画だったな」
誉めるゼンさんにおれが逆らって意見を言う。
「いい映画だとは思うけど…何か気に入らねぇな」
「何でだよ…あきちゃん可愛いし映像は綺麗だし、いい日本映画だったじゃないか!」
「その…『いい映画でしょ』って問答無用で言わせる雰囲気が気に入らねぇ…この時代に手紙とラジオ…若い主人公が昼間に観に行く映画が『カサブランカ』で…彼女に思いを寄せる青年は手染めの手拭い職人…花火と浴衣…死んだ恋人と止まった時間…主題歌が赤い靴なんて…なんか…思いっきり怪しいじゃん」
「それ全部…この映画のいいところじゃないか…なに言ってんの?…ひとりの女性の喪失と再生の物語だよ」
「喪失と再生なんて中学のときから村上春樹で勉強済みだぁ…この映画は何か美しすぎて気に入らねぇ」
「そんなのただの難癖じゃねぇか?」
こんな感じでいつも楽しんでる。

ゼンさんとおれは映画の趣味が面白いように食い違い、女性の趣味も驚くほど違う。
お互いプライベートの話はしないと言ったがこの映画の話をしてて昔の「ゼンさんの恋」を思い出した。それはこの店で起こったことなのでおれはそれをたまたま目撃することになったのだ…
確かにリンコさんはこの映画の主人公・初海に似ていた…10年くらい前の話だ…

その二人は近くで一緒に暮らしているのかよくゼンさんの店に飯を食いに来た。
彼氏は悪役をやるときの北村一輝みたいで…爬虫類系だがいい男…彼女は清楚な感じの大人しそうな美しい女性…だった。

ゼンさんは「何であんな男にあんな女性が?」と言い、おれは「ああいう女性は割りとああいう男に惹かれるよな」と言う。

そのうち彼女は一人でこの店に来るようになった…
ゼンさんによると深夜に顔を腫らしてこの店に来て…どうやら酒に酔ったとかげ男に殴られたらしい…それから一人で来るようになったそうだ。

彼女の名前はリンコさん…
「あのとかげ男とは別れたらしいぜ」ゼンさんは声を潜めるようにおれに言った…

「どうせ…何かあったらいつでもこの店に逃げ込んで来ていいからね…とか言ったんだろ?」
「何で知ってる?見てたのか?」

「あの手の女性はゼンさんには無理じゃないかな?」
「お前はリンコさんを誤解してるよ…ほんとにいい子なんだよ」
惚れたな…と思った。

それから数日後…
おれがいるときにリンコさんが来た。今日…とかげ男の家に荷物を取りに行ってきた…と言うのだ。
ゼンさんは心配そうに…
「大丈夫だった?やつになんかされなかった?」
「あいつ…髭ボーボーで酔っぱらってひっくり返ってた…部屋はメチャクチャで酒瓶だらけで…私が出てからずっと飲んでるって」
「もう、あんなやつの所に近づいちゃダメだよ」
「うん、ありがとう…ゼンさん」

彼女の携帯が鳴った。

おれはとかげ男だなって直感した。
彼女は黙って向こうの言うことを聞いている…やがて電話は切れたみたいだった…

彼女の表情を見たゼンさんがカウンター越しに手を伸ばして彼女の手をつかむと低い声で言った。
「行くな」

おれは不謹慎だけど横で「おー映画みてぇ」と思った。

しかし、彼女はゼンさんの手をふりほどいて荷物を持って立ち上がった。

「ゼンさん!ごめんなさい!あの人は…あの人はやっぱり私がついてないとダメになっちゃうの!ごめんなさい…ゼンさん」

おれは不謹慎だけど「おー更に映画みてぇ」と思っていた。

彼女が飛び出して行った後、ゼンさんはクルッとおれに背中を向けると鍋の野菜スープをかき回し始めた。

おれはなにも言えず…しょうがないので映画の話をした。
「今夜はさ…『トランスフォーマー』観てくるよ」
ゼンさんは何も答えずスープをかき回している。

「ベイの新作だよ!面白いかなぁ…日本のオモチャが原作ってどんな映画だよなぁ」

ゼンさんはいつまでも向こうを向いたまま黙ってスープをかき回し…おれはしょうもない映画の話をいつまでも一人で喋り続けていた。
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