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フジコ・ヘミングの時間のmistyのレビュー・感想・評価

フジコ・ヘミングの時間(2018年製作の映画)
4.5
80代にしてものすごく聡明で、雄弁で、オシャレで、健脚なヘミングさんだった。自分だったら心が折れると思うことの連続な人生で、手放さなかったピアノの音色がどこまでも澄み切っていた。ほぼフル収録のラ・カンパネラは本物のリサイタルみたいで涙が止まらなかった。

厳しかったお母さんのこと、出て行ってしまったお父さんのこと、今囲まれてるお友達のこと、大切な猫たちのこと、家のこと、ひとつひとつ丁寧に語られていて、その記憶力の良さにも驚くし的確な言葉を選べる頭の回転もすごい。そしてそれを撮る映像もまた洗練されていて美しかった。

とにかくピアノ演奏の録音が良くて、この映画の価値を爆上げしてる。特にカンパネラをフル収録するその気概。万単位のお金払って聴きに行くべき演奏を映画に入れ込む太っ腹。映画館で観て欲しい映画だし、DVDも買う価値がある。まさか泣くまいと思ってたのにぼろぼろと涙が溢れて大変だった…

ピアニストの演奏聴き比べとかしやんけれどもこの人のカンパネラがこの人にしかないことはなんとなくわかる。そこ溜めるのか、逆にそこは流すのか、という音楽の掴み方もそうだし、パガニーニ超絶技巧曲のひとつではあるけど、大事なのは技巧そのものではなく大きく曲の総体を捉えることというか。
フジコさんはカンパネラのことを「その人の人生が表れる曲」と語っていたけどきっとそうで、まず譜面が鬼すぎて最後まで弾ききることすら大変で、まさに全身全霊、終わる頃には死にそうになるような曲。そういう曲の中に、自分がかつて歩んで手に入れてきた表現や解釈を加えられること自体がすごい。

だからピアノを習う女の子たち、音大に通う学生たち、きっと得るものは多いのではないでしょうか。現役を走る顔も知らないあなたたちに、わたしはこの映画を強く勧めたいと心から思います。
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