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寝ても覚めてものumisodachiのレビュー・感想・評価

寝ても覚めても(2018年製作の映画)
4.8
カンヌ映画祭コンペティション部門に選出されたことで大きな話題となった『寝ても覚めても』は、濱口竜介監督の初商業映画映画作品。同時に選出された『万引き家族』は御存じの通り最高賞を獲得したが、『寝ても覚めても』も高い評価を受けた。9月1日に公開されることが決定している。原作は、芥川賞作家・柴崎友香の同名小説。

大阪に住む若い女性・朝子は、ある日"麦"という男性と運命的な恋に落ちる。どこか捉えどころのない魅力を持つ麦に夢中になる朝子。ときどき朝子を不安にさせる麦の様子を見て、親友は忠告するが、朝子は聞く耳を持たない。やがて、麦はふといなくなってしまった。・・・・・・2年後。上京した朝子は、麦にそっくりな男性・亮平と出会い、交際をはじめる。麦とは違って穏やかな亮平との生活に安らぎを見出していく朝子。しかし5年ほど経ったある日、再会した親友から、麦が芸能人として活躍していることを知らされ、激しく動揺する……。

嘘偽りなく、「このまま一生この映画を観ていたい」と思った。そんな風に思うことは滅多にない。いや、正直ミュージカルではたまにあるのだが、映画でそう感じたのは『パターソン』くらいなもので、それだって鑑賞中にずっと抱いていた感覚ではない。

しかし、『寝ても覚めても』では確かにそう思ったのだ。しかも、観ている間中、何度も何度も。この映画のヒロインは、『パターソン』の主人公のように穏やかな人格者ではなく、見ようによってはクレイジーだ。彼女の行動を決して許容できない人間だって少なくないはず。それなのに、私は『寝ても覚めても』のヒロイン・朝子の感情の動きを繊細かつ大胆に描き切ったこの傑作を、「一生観ていたい」と感じたのだ。tofubeatsが手掛けた音楽のせいなのか、緻密かつ丁寧に繰り出されるセリフのせいなのか。それとも、よく見知った東京と大阪の風景の中で繰り広げられる、俳優たちの奇跡のように豊かな表情のせいなのか。おそらく、そのすべてのせいなのだろう。

実は、『寝ても覚めても』の濱口監督は大学の同級生で、3~4年生の間、毎日のように同じゼミの授業に出ていた仲間だった。3年で専攻が一緒になる前から、色々な友達に「○組の濱口くんと話が合うと思うよ」と言われていたほど好みが合った。「Polarisってバンド知ってる?好きだと思うよ」と教えてくれるなど、良く情報交換もしていた。だから、私が彼の作り出す世界を好きになるのは、必然なんだろうと思う。

でも、この映画はそんな【個人の好み】などという次元を超越している。人間の感情(特に恋愛)とは、ときに不可解で、ときに残酷だ。誰にだって、自分でも説明できない感情や衝動が浮かび上がってくることはある。それを行動に移すかどうかは人それぞれだが、その感情に向き合わないとすれば、一体人間は何のために生きているんだろうと思ったりもする。少なくとも、私は。私の目には、朝子が女神のように映った。

出演者のひとりである瀬戸康史がコメントしているように、観る人によって様々な感想が生まれる作品だと思う。この作品を観た人と一緒に語り合いたい。いまだかつてないほどに繊細でありながら、いまだかつてないほどに雄弁な作品だ。原作の本質を見事に映画化しつつも、設定や細かい要素をガッツリ変えて、大胆に構成し直している点にも称賛を送りたい。これは小説『寝ても覚めても』の魂を映像化した、唯一無二の映画『寝ても覚めても』であり、世界に誇るべき傑作だ。

主演の唐田えりかや、一人二役に挑戦した東出昌大はもちろん、他の出演者も素晴らしい。特に、ホームパーティシーンでの瀬戸康史の芝居と、唐田えりか・山下リオ・伊藤沙莉が3人で話しているシーンのリアルな空気感が印象に残った。あらゆる意味で、絶対に観てほしい。
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