mOjako

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法のmOjakoのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます


子供映画であり大人映画。不思議な感触の映画でしたが、最後はものすごくグッときました。

フロリダのディズニーワールド近郊にあるプロジェクト(実際には週貸しのモーテル)に暮らすヘイリーと6歳の娘ムーニーの日常が描かれる。
まずはやはり子役たちの演技が恐ろしく自然で驚きますね。どうやって撮ってるか不思議なほどなんですが、ずっとカメラは子供たちの目線を追いかける。友達と遊んだり、イタズラしたり、アイスを舐めたり。中盤まではジュブナイルとしか言いようのない多幸感に満ちた映像です。
ただ巧いのは一見ただ子供たちが楽しく遊んでる様に見える画の中にも、ずーっと通りを車が走る音とか軍のヘリの音が聴こえていたりすると。無邪気な世界の中にも確かに危険があったりする訳で、実際変質者っぽい男がすぐ近くにいたりするんですよね。

もっと言えば、、映画全体をこの世界観が通底していると思っていて。つまり全ての大人たちがそうだった様に幼年期のムーニー達にとってこの世界は新鮮な色や輝きに満ちていて、冒険や好奇心しかない。でも彼女たちは気づいてないけどすぐ側には社会があって、危険とかルールとか貧困がある。それはちょうどディズニーワールドの側にプロジェクトやモーテルがあって、遊びに来た観光客の側には今日を生きるのにも困っている人がいると。
後半に進むにつれてムーニーですら社会や貧困の影を無意識にせよ感じ取ってしまう様になる訳ですが、それが極に達した時に映画的な飛躍が起こります。それまで決して映る事はなかった不安や心配のない世界、まさしく”夢の国”に2人が入って映画は終わる。どうやって入ったのか?お金は?チケットは?など無限に疑問は湧くと思うんですが、個人的にはこれはムーニー本人の願いであると同時にせめて子供たちには不安を抱かせない社会であってほしいという作り手=大人たちの願いじゃないかなと思います。だから画としては幸せなこのラストに一抹の寂しさを感じたのは、社会に触れ痛みや別れを経験する事でムーニーの幼年期は終わり一歩大人に成長した様でもあるからかなと。

最も感動したのはずっと厳しくも優しい視線で親子を見つめるウィレム・デフォー演じる管理人の存在。結局映画の中で彼はムーニー達に何もしてあげてはいないんですけど、それでも彼は親子にとって唯一優しい視線を向けて本当に危ない時には手を差し伸べる。社会と親子を繋いでいる存在なんですよね。「ザ・スクエア」よろしく言葉で言うのは簡単で現実問題僕らがやれる事や実際にやっている事はないかもしれないけど、せめてこの管理人さんくらいの目線を持つことから始められたらなぁと。彼がいるのといないのでは、やはり随分違う世界なんじゃないかなと思いました。