こうん

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法のこうんのレビュー・感想・評価

4.6
映画ってぇのはなにか?
…というのはすべての映画人または映画フアン各人の定義があると思うけど、ボキは、色彩を含めた光をいかに捉え、どの情景を切り取り、それらをどのように編み、しかるべき物語やキャラクターを語るか?ということであると思う。

そこに一応の(映画史由来の)セオリーはあるし、しかし守破離という考え方もあることだし、何をやっていてもいいと思うけれど、やはりそこになにか、“映画的なもの”が介在していないと「映画を観た!誰かの物語に埋没した!心が奮えた!」ということにならないのではないかと思う。

恥ずかしながらボキはショーン・ベイカーさんという人を存じ上げなかったんですけど、ビックリしました。
フロリダ・ディズニーワールドの傍にある貧困地域を舞台にしたドラマ…くらいの予備知識で臨んだんだけれども、その筋書きとは別のところで炸裂する映画的瞬間!画面!運動!光!
あー映画!

画面の中でなにかが光ったり、誰かの身体が躍動したり、なんでもない情景の連なりであったり…そういう言葉にならない描写が有機的に物語や人物や風景や時代の感情を表現する、そういった瞬間瞬間が映画であると思う。
そういった瞬間瞬間に喚起される感情が映画というメディアのただひとつの副産物であるべきと思う。
(この映画に比べるとアベンジャーズは“よくできた工業製品”という感じ。批判じゃなく、そんな映画もありと思ってもいる)

「フロリダ・プロジェクト」はそういった意味の“映画”をびんびんに感じさせてくれる映画でした。
つまり映画そのもの。
上から目線で書いちゃいますけど、映画優等生と思いましたよ。
画面のルックスから想起したので、映画優等生のハーモニー・コリンと形容させていただきたいと思います、今のところは(ヘイリー役の人なんかコリン映画に出てきそうだし)。
こざかしい暗喩など入れ込まず、即物的な描写に徹しているのもの好ましい。
コンセプトと描くべき事象とその語り口と、彼自身の映画センスが合致しまくっている。
めちゃ頭が良いと思います。

いろいろ褒めたいんだけどとりあえず、映画の中の花火でひさびさに泣きました…とだけ言っておきましょう。
ちびっ子たちの掛け合いからのオープニングなんか、カットつなぎの呼吸がたまらんものがあって、清水宏かヴィゴの映画が始まったのかと思いました。「新学期 操行ゼロ」とか、あの感じがビンビンです。無垢で無邪気でしかしきっちり現実も見えている、っていうね。
「子供映画」の歴史に連なる一作じゃないでしょうか。

あとウィレム・デフォーに叱られたい。世界三大般若顔のひとりなのに、あの滋味深さはただ事ではないね。(他のふたりはヴィゴ・モーテンセンと遠藤憲一)
あの頚部の格子状のしわは百万語のセリフに勝る説得力です。
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズも素晴らしいです。映画に奥行きと面白みを与えてくれる、ブシェーミみたいな役者さんですね。彼の使い方もうまいなぁ、絶妙ですよ監督。

ドラマとしても、どのキャラクターにも血が通っていて、直截に描かれていなくても彼・彼女たちのリアルな存在感は見事でした。
ランドリーで働く(あのモーテルのリネン係なのかな)おばちゃんとかね。彼女がムーニーを抱きしめるところでも泣いたっすわ。
中には現地の素人キャストもいるんだろけど(本物の存在感に勝るものはないですよ)、ムーニーちゃんが子役とは心底ビックリ。現地の子かと思っていたけど、あのストリート感はすごいです。
子役の演出がうまい映画監督はいい映画監督、の法則があるけど、ショーン・ベイカー監督もその論にハマりますな。

そんなこんなで映画そのものがかなりフレッシュな映画感にあふれるものでありながら、このミニマムなプアホワイト親子の物語の向こうに“This Is America”が浮かび上がってくる、その虚と実が混ざり合って立ち上がってくるラストカットは、2018年を切り取った時代の映画にもなっている証左と思う。

なお、この映画を偏狭なモラルでもって判ずるのは、愚かな行為である。
(ただし、そんな人は真面目でよい人である…と思うよ)