rhum

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法のrhumのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

この作品に漂う悲しみの根源はなんなのだろう。貧困そのものなのか、あるいはより本質的には彼らの住む世界が外界から隔絶されている事やそこから生じる閉塞感なのだろうか。
子ども目線のカメラが映し出すのは、ミクロ視点では楽しさや美しさに溢れている世界。一方、その視野はとても狭くもある。
子どもたちは、外に広がる現実の過酷さをどこかで悟りつつも、目の前の”遊び”に集中することでその事を意識から追い払おうとしている。そんな風にも見えてくる。

大人はと言えば。劇中、誰も子どもたちの”保護者”であることを決してやめない。ヘイリーの取る行動は世間的に褒められたことでないとしても、それでも子どもへ向ける視線は常に優しい。自然主義的に捉えられる何気ない日常のシーンは、厳しい現実を前にしても幸福な親子関係は確かにここにある、と語っているかのよう。

終盤、その幸福な関係が遂に引き裂かれそうになる所で、物語の語り口は急に映画的フィクションの色合いを帯びる。運命を振り切るようにムーニーらが向かった先は、予想通り「夢の国」であるわけだが、そこで彼女が目にするものが果たしてなんなのか。カメラはその先をはっきりと見せてはくれない。
結局、今のムーニーらにとっての楽園は、実は(側から見れば過酷な)半径5mの世界にあったかもしれず、一方の逃げ込んだ先は「夢の国」どころか、幼い彼女たちに突きつけるにはあまりにも残酷な現実そのものであるのかもしれない。そんな事を予感させるこのエンディングこそ、観ていて最も辛かった。