あーや

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法のあーやのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

前作タンジェリンでは男娼ガールズたちの友情でほろりと泣かされ、今回は子供たちにがっつり泣かされました。ショーン·ベイカー監督(甘めイケメン♡♡♡)の「Florida project」です。プロジェクトとは低所得者層の人達の住む家のことを言いますが、この映画ではそのプロジェクトにすら入居できない人達が週払いで宿泊しているモーテルが舞台です。そうなると黒澤明の「どん底」レベルの暗澹さでいっぱいかと思えますが、予告にある通りそんな暗さは微塵もありません。全く異なるのです。パステルカラーのパープル色に塗られたモーテルや造りの派手な建物、人々の服装も彩豊かで目に楽しい。モーテルに住む子供たちはギャーギャー騒いでイタズラ三昧。大人達に「それをしたらダメ!」と言われたことを全てやりつくしてしまうお年頃なのですね。この子達の騒ぎっぷりを観ている誰もが、思わず幼少期に自分たちがふざけていた頃のワクワクドキドキした気待ちを思い起こすことでしょう。いたずら好きで茶目っ気たっぷり、言葉遣いはとってもお下品なムーニーちゃんが本作の主役です。この子の演技が半端ない。イタズラしたりご飯をもりもり食べたりする表情がホームビデオ(死語?)を観ているように自然なのですね。ムーニーちゃんは若干ハタチのお母さんと2人暮しなのですが、収入は安物の化粧品を観光客相手に販売するお仕事で、その日暮らしのような日々を送っています。何度も言うようですが、だからと言って2人はちっとも暗くない。むしろ明るくて笑い声が溢れています。大好きな友達と近所でいたずらをすることも、化粧品を観光客に売ったりすることも子供の感覚なら変わらない。何もかも楽しい。いきなり遊べなくなった友達がいても、すぐに新しい友達を作ってその子(ジャンシー)と冒険をする。これも楽しい。でもムーニーちゃんが何よりも大好きでたまらないなのは、優しくて楽しいお母さんなのですね。モーテルのオーナーであるウィレム・デフォー(めっっっちゃええ人♡!)にイタズラしたことを怒られてもお母さんと笑いあっちゃうのです。そんな親子の姿にウィレム・デフォーも最後には許してしまう。このウィレム・デフォーがムーニーちゃん達の保護者達の保護者のような立ち位置で、全員の個人的な事情がよくわかっている。そんな彼らを守るため、子供たちに変質者が近付いた時もウィレム・デフォー自ら追い払いに行きますよ。あんな顔だけど、今回は正義の味方なのです!あんな顔なのに、めっちゃええおっちゃんなのです!!保護者たちに厳しいことを言いつつも、彼らの苦労に免じて綱渡りのような生活を見守っているのですね。
しかしどれだけ見守っていてくれる人がいてもムーニーちゃん親子の生活は楽になりません。楽ではないことは目に見えているのですが、本作はムーニーちゃん目線の映画なので生活する上での苦労が全く見えないところが素晴らしい点です。例えばお母さんが「撮影会よ!」と言って水着の写メをムーニーちゃんと一緒にたくさん撮ったり、お風呂場でムーニーちゃんが1人でも嬉しそうに人形遊びをしたり、盗品が高く売れてスーパーで爆買いをしたりと観客は観ていて少しづつ不安になるのですが、ムーニーちゃんとお母さんの楽しくてたまらない空気と鮮やかな画の色彩に流されて結局楽天的に魅入ってしまう。しかし遂に(奇跡的に優しい)ウィレム・デフォーの手にも負えないことが起こってしまいます。児童相談所の職員がムーニーちゃんの家を訪ねます。ムーニーちゃんも子供ながらに違和感を感じつつ、無視をしてお母さんを信じて何事もないように振舞おうとしています。しかしその日は訪れました。お母さんがこそっとホテルでたくさん食べさせてくれたその日、お母さんとモーテルの階段を上がるとそこには数人の大人達。お母さんは大声で怒鳴りだし、途方に暮れるウィレム・デフォー。ムーニーちゃんは職員に質問を受けますが、恐怖と緊張と不安とが入り交じった表情でどんどん追い込まれてゆく。そして駆け出すムーニーちゃん。ジャンシーちゃんの家に駆け込んだ時、それまで暴言ばかり吐いて観光客相手に中指を立てていたムーニーちゃんの子供らしい脆い一面が爆発します。そんな姿に思わずムーニーちゃんの手を取って走り出したジャンシー。ふたりが向かった先は·····。
もうね、このラスト10分間で容赦ない感情の大波が音を立てて押し寄せます。完璧なムーニーちゃんの演技に圧巻されるのはもちろん、次々に切り替わるカメラで観客の感情に揺さぶりをかけます。最後に疾走する2人の背景に見える風景でこの場所がどういう場所だったのか、やっと観客に観せてくれます。こんなに近いのにあんなにも遠い場所だったのか··と。全てのカタルシスと感動はラスト10分間にあります。勿論私の涙腺ダムは鑑賞後も暫く大決壊でした。是非映画館で観て感情の波に飲まれ、興奮した後ズルズルに泣き腫らしてください。
あーや

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