matsukawa

ビール・ストリートの恋人たちのmatsukawaのレビュー・感想・評価

4.5
それぞれ掘り下げ甲斐のありそうな多彩な人物が登場するも、印象的な表情や言葉を残して、その多くが1シーンだけでスクリーンから居なくなる。
ティッシュ目線で語られる物語であり、基本的に彼女が認知できた事柄しか描かれないスタイルなのでそうなっているのでしょうが、それだけが理由とも思えない。
それくらい1シーンだけの登場人物たちの描かれ方に含蓄がありすぎる。
テレビシリーズで一人ひとり掘り下げてほしいとか無粋なことも思ってしまう。とにかく彼らの事が気になってしまうのだ。
ティッシュの母と姉達。ファニーの親友。レイプ被害者のプエルトリコ人。親切なユダヤ人。等々。
彼らのこれまでの人生や、背負っているもの、抱えている痛み等。ほとんど語られる事なく、観客の想像力に委ねられる。
委ねられた広大な領域が、そっくりそのままこの映画の豊かさになっている気がする。

いろいろな描写を省略したこの映画は、その残りのリソースを全てティッシュとファニーの叙情に費やす。
二人の感情の動きを描くために、アップを多用し、色彩をコントロールし、実に贅沢に時間を使う。本当に見事な「感情の映像化」で、この表現だけでストーリーとは関係なく感動してしまう。
そしてこの感情表現が生き生きとしているせいで、差別の理不尽さが余計に際立つ。

豊かな感情表現と、淡々と描かれる日常としての差別。叙事と叙情が両立する素晴らしい芸術作品だと思います。

誰も奇跡は起こせず、個人はシステムに勝てず、押し潰されて終わりではなく、ただ押し潰されたまま生きていく。
辛い話なのであまり見返したくはないけれど、愛おしくて抱きしめたくなる映画です。
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