開明獣

ビール・ストリートの恋人たちの開明獣のレビュー・感想・評価

5.0
ドキュメンタリー映画、「私はあなたの二グロではない」でフィーチャーされていた、黒人作家、ジェームズ・ボールドウィンの原作を映画化。

ニューヨークの黒人の若者達、幼馴染のファニーとティッシュは、恋人同士となる。結婚する前に、ファニーはレイプ犯の嫌疑をなすりつけられて投獄されてしまう。ファニーを牢屋から出そうと奔走する家族達。絶望的な状況でのファニーとティッシュの物語。

ボールドウィンの作品は殆どが絶版になっていたが、映画化を機に新訳が早川書房から出ている。喜ばしいことだ。30年前に、旧訳版を読んだ時の感慨というか、感動は忘れられない。今尚、色褪せず映画化されるに相応しい作品であろう。

ボールドウィンが今存命なら、間違いなくノーベル賞の候補になっていただろう。残念ながら彼が生きていた時代に黒人がノーベル賞を獲ることなどは、ありえなかった。黒人作家初の受賞の栄誉は、ボールドウィンの遺髪を継いだ、故トニ・モリソンが1993年になってやっと果たしている。モリソンらと並んで、ボールドウィンが亡くなった際に、白人でしかも南部出身者として弔辞を述べたのが、「ナットターナーの告白」で黒人解放運動を描き、映画化された「ソフィーの選択」でホロコーストを描いたウィリアム・スタイロンであった。

貧しいハーレムの生まれのボールドウィンと、かつては黒人を奴隷とした使っていた南部出自のスタイロン。この真逆な二人の邂逅と友情は、未来に希望を持たせてくれる何かのように思われる。そして、それはこの作品で描かれている、善意ある白人達の存在に反映されているように思える。

だが、差別は厳然として存在する。僅か50年前には、想像を絶するような理不尽な差別が横行していたのだが、それはどこから来るのだろうか?ボールドウィンは、ティシュの言葉を借りてこう言う。

「愛や恐怖で盲になるというのは嘘。人を盲にするのは無関心」(沼澤洽治訳)

だが、無関心でない人たちもいる。ファニーとティッシュに住居を提供しようとする、ユダヤ人のレヴィはこう言う。

「人間の違いなんて、生まれてくる母親の違いだけだろ?」

アメリカの女流作家で、今やノーベル文学賞候補の常連、ジョイス・キャロル・オーツは、この「ビールストリートの恋人たち」を、「時代を超えて心打つ作品」と評した。それは何故か?単に差別というテーマを扱っているからだけではないと思う。ここには、人間の尊厳という根源的かつ普遍的なものが語られているからだと思う。

エンドロールでは、「星条旗よ永遠なれ」が採択される前は、事実上のアメリカ国家であった、"My country, 'tis of thee"が、黒人鍵盤奏者にして歌手のビリー・プレストンのパフォーマンスで流れる。無実の人間が檻に入り、愛するものと引き裂かれる現状と、この歌で謳われるアメリカという国のウソの空々しさが強烈なアイロニーとなって対比されている。

My country, 'tis of thee,
Sweet land of liberty,
Of thee I sing;
Land where my fathers died,
Land of the pilgrims' pride,
From every mountainside
Let freedom ring!

この映画はラストを除いて非常に原作に忠実に作られている。どちらが優れているかと問われたら、こう答えるだろう。「優劣がつけがたいほど、両者とも秀逸な稀有な例。是非、映画と小説と、両方味わって欲しい」

ボールドウィンがこの映画を観たら、きっと微笑むに違いない。おごそかに、だが満足げに。
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