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スリー・ビルボードのTakaCineのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
4.3
巨大看板から炙り出される行き場のない感情。

【表の顔と裏の顔】
観る者の予想を軽々飛び越えてしまう秀逸な脚本と、カルマを背負い込んでしまったような閉塞感漂う複雑な演技に度肝を抜かれました。

描かれるは病んだアメリカ。
強さをいくら誇示しても、隠しきれない闇の部分。疲弊、後悔、怒り、哀しみ、葛藤、愛憎…いつしか歪んでしまった倫理観。

必死に道を正そうとすればするほど、何故か更に困難な道に堕ち込んでしまいます。

それは怒りの感情が、正常な判断を狂わせてしまうから。

"怒りは怒りを来(きた)す"
本作の象徴的な言葉。

怒りは本当の感情を隠す手段。見たくない感情から逃れるため、つい過激な行動を取ってしまいます。それが良くないことは分かっているので、その度毎に嫌悪感を伴います。そして心がどんどん蝕まれていきます。

「そうするしかない…」
平静で強気な表の顔と、深い哀しみや痛みに沈む裏の顔。

過激で暴力的にしか見えない行動に潜む「病理」を、絶妙なさじ加減で組み込んだマーティン・マクドナー監督の脚本が凄い‼️

各キャラクターの「病理」はネタバレになるので詳細は書けませんが、「なぜ、そんな行動を取るのか?」の理由を知れば知るほど、心が苦しくなっていきます。

ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)
ウィロビー(ウディ・ハレルソン)
ディクソン(サム・ロックウェル)

主要キャラクターです。
それぞれが問題を抱えていて、ある事件をきっかけに影響し合い、自ずと変貌していきます。

ミルドレッドは警察に好戦的な被害者の母親、ウィロビーは温厚で誰からも好かれる警察署長、ディクソンは暴力的で差別主義な巡査。

これは表の顔、他人から見た顔。

しかし、それぞれが隠している病理を知った後は、これらの顔とは全く違った印象を持ちました。

〈表の顔〉
ミルドレッドの噛みつくような視線と態度、ウィロビーの穏やかな振舞いと優しさ、ディクソンの過剰なまでの暴力と偏見…全ては他人の攻撃を避けて、自分の弱さを見せない防衛本能に思えました。

そしてこの行動の裏には、内なる自分に向けた同じような攻撃が隠れていました。

〈裏の顔〉
ミルドレッドは、ある自分の行動が赦せなくて、今も自分に対して噛みつくような視線と態度を向けています。その自分に対する怒りを、犯人逮捕への原動力にして生きています。

ウィロビーは、常に自分よりも他人に目を向けて、自分を蔑ろにしています。解決できない事件に心を痛め、弁解するしかない現実に自分1人で全てを抱え込んでしまいます。優しさ故に潰れる心。

ディクソンは、人に言えない内なる葛藤を抱え、そんな自分を嫌って、いつか他人から糾弾されるんじゃないかと怯えています。特に女々しさを忌み嫌い、必要以上に腕力を誇示します。

他人への攻撃は、即ち自分への攻撃でもあります。この矛盾、この葛藤、この哀しみが本作から滲み出ていて、心が締め付けられました。

そんな複雑なプロットを、卓越した演技で体現した俳優陣が素晴らしかった‼️

【素晴らしき演者たち】
ミルドレッド役のマクドーマンドは、もうこの人しかあり得ないくらいの存在感♪その睨み付ける表情、憎まれ口、タバコを吸う姿、似合いすぎる紺色のつなぎ、不敵な笑顔(ラストに注目)…女版イーストウッドでした。凄く格好良い😁

名前ですぐ気づきましたが、強いヒロインの『ミルドレッド・ピアース』(1945)を想起させます(観たことないけど、J・クロフォードの強気な面構えは知っています)。

一見、ただの過激で狂ったババア(失礼!)なのに、たまに見せる孤独な表情、誰もいない部屋に佇む姿、○○が突然出て来て話しかけてしまう場面、ウサギのスリッパ(声色の変化が上手い!)など涙腺が崩壊しそうになりました。

これだけ圧倒的な説得力を持って演じ抜く演技は、さすがアカデミー賞受賞者です。

ウィロビー役は、残念ながら人物像の膨らみが乏しく描き込みが少ないと思いましたが、ハレルソンの温かな人間力を以て魅力的に補完していましたね😢

マッドネスなイメージを何となく彼に持っていましたが、本作では驚くほど人間臭く、一緒に寄り添いながら悩む人望厚き警察署長でした。強面だが茶目っ気たっぷりな表情でウイットに富んでいて、場を和ませる彼が出てくるだけで安心したほど。

それ故に後半の展開は…物語への衝撃、ディクソン変貌への衝撃と考えれば、彼もまた素晴らしい存在感でした。

驚いたのはディクソン役のロックウェルです。強烈キャラを憑依型演技で成立させた力技が白眉‼️

やり過ぎに演じたら失笑を買ってしまう強烈キャラを、リアルと誇張を交えて演じ抜いた驚き😱

差別的、高圧的、暴力的、更に低脳すぎるディクソンは、観客の共感を集め難いクズキャラですが、彼がそうなった病理を理解し、後半の捨て身の変貌ぶりを見れば、「本作の主役は実は彼だったかも?」と錯覚してしまいます😉

この難しい役柄を演じ抜いたロックウェルには、ぜひオスカーを取って欲しいですね(ハレルソンと助演男優賞ダブルノミネートなので、票割れがちょっと心配)😊
とにかく素晴らしい演技でした♪

抑圧された感情の発露として、加速する暴力が怖かった(特に広告屋の場面は目が離せない迫力)‼️

自分を攻撃される前に攻撃する。母親への歪んだ関係は、自らの女性性を否定したものだし、ウィロビーとの関係は父親への憧れかそれ以上の想いが鑑みえます。暗く精神的な問題を抱えていることは明らかです。

そんな男が改心して迎える病院の場面。オレンジジュースが教えてくれる赦し(この場面は好きです)。

癖のある物語と癖のある演者の組み合わせは最高でしたね😁♪

【三枚の巨大広告】
三人三様の隠したい感情
三人三様の身に付けた防衛本能
三人三様の贖罪

冒頭から流れる"The Last Rose Of Summer(夏の名残のバラ)"の清らかで物悲しい音色が、いつまでも胸に刺さります。

誰もが後悔や孤独を感じ、贖罪の機会を求めています。

三枚の巨大広告の各メッセージは、明らかに三人が自分に向けて放った辛辣な言葉でした。

あれらのメッセージは、自分に対して赦せなかった心の声。

ミルドレッドの贖罪
ウィロビーの贖罪
ディクソンの贖罪

どの問題も簡単な解決などなく、また解決するかも分からず、少しでも楽になると信じてもがくしかない。

『告発の行方』(1988)でも感じた犯人探しの難しさ、問題意識の違い、田舎独特の閉塞感や偏見、暴力が見過ごされる風土…観ていて息苦しいものがありました。

アメリカの国旗が何回か撮されますが、観ていてなんだか虚しかったです。

【希望はあるのか?】
この映画は過酷な現実だけでなく、「希望」を描くことも忘れていません。

どんな人間にもどんな奇抜な事にも「そうなってしまった理由」が必ずあって、たった1人の人間の理解や共感さえあれば、怒りを沈めさせ変貌させることも出来る。そんな「希望」も描かれています。

現在アメリカの深過ぎる闇と傷痕と歪な人間感情を炙り出した衝撃作。
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