トルーパーcom

スリー・ビルボードのトルーパーcomのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
3.5
主要3人の演技が素晴らしいアカデミー賞作品。
いちばんの魅力はとにかく先が読めない展開の連続。

【1】現実は映画とは違う
映画を多く観ていると、伏線の回収や練られた脚本を求めるようになる。
序盤のさりげないシーンが結末につながっていることに気が付き観客は驚く。
「なるほど!そういうことか。映画って考えて作られているなあ!」と。
完璧に作られたフィクションに人は感心し感動する。

けれど、現実はちがう。
人の行動は必ずしも論理的でなく、世の中は善人と悪人の2種類にはわけられない。
誰にも表の顔と裏の顔があり、誰もが時に矛盾した行動をとる。

時間をかけた結果がまったく報われないこともあるし、ときに行動をした当人にも予想外の結果が発生する。

人生は各々のもので、関連し合っているようで無関係でもあり、それぞれに考えがあるが、他者からは見え方が異なることばかり。

本作はフィクションの映画だけれど、物語を支配しているキャラクターはいない。
それぞれの人物が考えをもって行動し、その結果、それぞれに予想外のことも発生する。
物語がどこへ向かっているのか、誰もわかっていないし、観客もわからない。

だから物語に展開があるたびに観客は驚き、時に置き去りにされる。
けれども、場面場面での登場人物たちの行動には彼らなりの意思があり、共感/理解できる。

人生は思い通りにならないが、意思をもって行動をすることで物語は動く。
その結末が、意図せぬものとなったとしても、意思をもって起こした行動は他者を動かし世界を動かす。
ときには、意思をもたず起こした行動が他者を動かし世界を動かすこともある。
それが人生でそれが世界。

この現実を描く中で、ともすれば説教臭くなるテーマを観客に伝えるのが本作。
こんな映画ってあるんだなあって感心しました。よくできてる。


【2】映画のメッセージ性
メッセージ性のある映画って感動することもあるけれど、いきすぎるとちょっとノイズになることもある。
近年の映画って、ポリコレとか社会問題とかを全面に出してくる作品も多くて、それ自体は大事なことだっていうのはわかるんだけれど、世界観として不自然だったりわざとらしいとちょっと作品から気持ちが離れてしまいます。

本作は見せ方が自然で絶妙なので、そういったノイズをまったく感じませんでした。
黒人のキャストをメインに起用することなく差別のテーマを見せる。
レイシストの登場人物を登場させながらも、その人物をわかりやすい悪役として描いたりすることなく物語を進める。
悲劇の被害者を、完璧な善人として描くことなく、人間を描く。

だからこそ作品のもつメッセージが、抵抗なく自然に入ってくる。
そこまで狙って作っているんだろうけれど、本当によくできているなって感じました。


<以下、ネタバレあり感想>


【3】キャラクター
ミズーリ州の田舎道に出された3枚の広告
『レイプされて死亡』
『犯人逮捕はまだ?』
『なぜ?ウィロビー署長』
被害者の母親/警察官/警察署長
3枚の広告に合わせるように3人の主要キャラクターが物語を動かしていく。

■ミルドレッド
警察批判の3枚の広告を出すことで物語を動かす本作の1人目の主人公。
娘が強姦殺人の被害にあった悲劇の主人公...のはずだが、復讐の怒りからというレベルを通り越して次々と過激な行動に及ぶ。
主人公=善人、っていう映画のセオリーは彼女には通用しない。

歯医者に反撃するシーンと缶をぶつけたガキどもに蹴りを入れるシーンが最高。女もかよ!って爆笑した。
火事のシーンに至っては「僕の理解力ではもう何が起こっているのかわけがわからないよ!」ってなってしまいました。

なので、終盤レストランでワインを手にしたときは「やめて...あっもうやめてあげて!」って声出てしまいました。
あんなカット見せられたら惨劇しか見えないよ。

あのシーンで2人のキャラクターが彼女の心を動かしたシーンが本作のピークだったなと思います。

冒頭、疲れ果てた老婆みたいな状態だったのに、看板広告を出したとこから急にバンダナにワイルドなつなぎの「ババア」へと変貌するビジュアル転換もたまらない。

彼女を見ていて、漫★画太郎のマンガに出てくる「ババア」を思い出してしまった。

あのババアの一連の行動を間近で見ていながら軽くしか反発しない彼女の息子、聖人すぎるだろって思う。
ただ、はちゃめちゃなババアですが、不思議と彼女に嫌悪感のような印象は感じられなかった。
事件当日の発言含めて、彼女の絶望に共感できる描写がしっかりしているからですかね。熱演。


■ウィロビー署長
『ハン・ソロ』のベケット役が記憶に新しいウディ・ハレルソンが演じる魅力的な警察署長。
ミルドレッドの広告によって議論の矢面に立たされるが、末期癌で死を間近に迎えていた彼の人生にはまったく別の物語が展開されていた。
俳優が悪役顔な上、冒頭の広告もあって「悪いやつなんだろうなあ」って観客に予感させておいてからのコレ。

彼の結末はミルドレッドの行為とは別の理由による部分も多く、そこには彼自身の意思と決断が込められているのだけれど、話題性とタイミングにより、多くの人々の人生に衝撃を与える。

ミルドレッドはぶつけどころのない怒りを彼にぶつけたが、彼は怒りを怒りで返すことはせず、彼なりの彼女への協力と、ディクソンへの手紙と、家族への愛を残して作品から去って行った。
すばらしいキャラクター。


■ディクソン巡査
サム・ロックウェル演じる本作の3人目の主人公。
『アイアンマン2』での小者感あふれるハマー役が印象的な彼が、序盤~中盤はわかりやすいクズっぷりを見せてくれる。

善人の主人公と、主人公を脅かす悪役という単純な構図の映画を見慣れている観客は前半のディクソンを見て安心するはずだ。
「ああ、署長ではなくて彼が本作の悪役だ。権力を不当にふりかざし人種差別をするクズ野郎だな。おまけに母親もレイシストのクズだ」と。

けれどもウィロビー署長からの手紙をきっかけに、彼の物語は中盤で大きく転換する。

悪人は常に悪人、なんていうのはフィクションの中だけの話。
すべての人には波乱万丈の物語があり、意思がある。
終盤、ディクソンの強い意思が物語を動かしていく描写に引き込まれる。名演。

彼の強い意思がもたらした1つの発見があっさりと無に帰してしまうあたりも衝撃。
現実は映画のように予定調和にはいかないのだ。
...って映画なんだけれど。

何が起こるかわからない本作なので、猟銃をいじりだしたときは「やめて...あっそれだけはやめて!」って声をあげてしまいそう。
終盤立続けに こういう演出いれてくるのズルいけど抜群だなあと思います。

署長の件とか火事の件で、何が起こっても不思議じゃない感覚になっているから心が振り回される。


<その他のキャラクター>
■ジェームズ
『X-MEN F&P』のトラスク博士や『アベンジャーズIW』のドワーフ、エイトリ役など人気作にも引っ張りだこの小人俳優ピーター・ディンクレイジが演じるジェームズ。
物語世界内では差別され社会的地位も高くない彼だが、怒りで破壊的行動を起こしてしまうミルドレッドの心を動かす重要な役割を担う。

ウィロビー署長はディクソンに手紙で愛を伝えたが、ジェームズは彼の行動と言葉でミルドレッドに愛を伝え、彼女の心を溶かした。素晴らしいキャラクター。


■ペネロープ
ミルドレッドの元夫チャーリーと交際する19歳の女の子。
ちょっと大丈夫か?ってくらい頭弱いアホの子だけど、彼女なりに明るく前向きに生きている。
ミルドレッドがワイン持って近づいてきた時のだらしなくジュース飲んでる姿がアホの子っぽくて抜群だった。

ミルドレッドは「動物園の子」ってレッテル貼りをしていたけれど、動物園からはもうリストラされてしまっているという話で観客はハッとする。
ミルドレッドから見ると汚れ仕事していて親子ほど年の差があるチャーリーと付き合ってる低能ビッチ、って感じに映っていたけれど、彼女には彼女の複雑な人生があるのだ。

そこは詳しくは描かれないし、彼女は主人公たちの人生には深く立ち入ってこない。
けれど、最終盤で彼女の言葉がミルドレッドを変える。
「怒りは怒りを来す」それはペネロープの意思や信念を体現した言葉でもなんでもなく、ただ彼女が読んでいた本のしおりに印刷されていた言葉。
本人がなんの意思も目的も持たずに発した言葉が他者の人生を大きく動かすこともある。

現実は映画のようにすべて目的や伏線に沿って展開されるものではないのだ。
...って映画なんだけれど。

でも、一方で、この言葉はペネロープの意思によってもたらされた言葉なのかも...?って勘ぐる余地も残してくれている。
アホの子としか見えない彼女だけれど、それはミルドレッドの目を通してこの映画を見ている我々の偏見であって、
彼女が本当はどんな人間なのかはわからない。

娘をなくして心を傷めているチャーリーと毎日いっしょにすごしていて、彼の傷みを癒すために発した言葉なのかもしれない。
そんなことを考える余地も与えてくれるこの作品は本当にすばらしい。


■レッド
『X-MEN FC』のバンシー役が印象的なケイレブ・ランドリー・ジョーンズが演じる広告会社社長。
包帯男の正体がわかってもなおオレンジジュースを用意するくだり。彼の愛もディクソンの変心に貢献した。

■レッドの秘書
演じるケリー・コンドンさんはアイアンマンスーツでトニースタークをサポートするAIのフライデーの声の人らしい。初めて顔見た。

■アンジェラ
ミルドレッドの娘。悲劇の被害者なんだけど、しょうもないクソビッチな娘として描写されているのがリアルでよかった。
吹替版で声を担当したのがレイでおなじみの永宝千晶さんなのがスターウォーズファンにとってはうれしいところ。


「復讐の連鎖は何も生まない」「そんなことをしても殺された彼女は喜ばない」「人には多面性がある」などのメッセージ。
正論なんだけれど言葉にするとチープで、映画を安っぽくしてしまいかねない。
これをメインテーマにしながら安っぽく見えない映画を作るのって難しいことだと思う。

メッセージ性/テーマ性を全面に出して描写すると説教臭いチープな作品になってしまうところを、
思い通り/予想通りにいかない現実と、善人と悪人をステレオタイプに描かず登場人物各自を多面性もったリアルな人間として描くことで本作は説得力ある作品となった。
アカデミー脚本賞受賞も納得の仕上がり。

【スコア】
★3.5で。
「映画としてよくできている度」的な基準で点数つけるなら4.5以上の作品ですが、
すごくよくできている映画を観ると、物語に入り込むよりも「よくできているなあ」っていう感心が先に立ってしまいます。
最近でいうと『ワンダー君は太陽』を観たときも似たような感情になった。

逆に『バーフバリ』『M:Iフォールアウト』『ベイビードライバー』みたいな突き抜けた部分のある映画のほうが思わず熱が入って高スコアつけてしまいます。
まあここは好みっていうことでご容赦を。すばらしい映画だと思います。
トルーパーcom

トルーパーcom