父母ともに癌

We Love Television?の父母ともに癌のレビュー・感想・評価

We Love Television?(2017年製作の映画)
4.6
一世を風靡した老コメディアンがもう一度テレビの世界で輝こうとして失敗するドキュメンタリー

とても面白かった。
萩本欽一という人が輝いていた時代を私は知らない。
画面に映っているのは、昔大活躍した老コメディアン。
この老コメディアンが己の哲学を語り、知恵を語り、監督のお膳立てで番組を作っていく。
しつらえを一見して老コメディアンの哀切を切り取ったドキュメンタリーかと思ってみていたがこれが違った。萩本欽一ははっきりと現役であった。
序盤はわけのわからんことを言う耄碌した老人に見える。
ただコントの稽古が始まってからその様子が変わってくる。
特に演技指導として役者に「出」を演じて見せる場面で画面に映し出されるプレイヤーとしてのはっきりした実力は感動ものだし、キャスティング会議での「家で考えるようになれば数字が出る」という言葉をそのまま稽古場の次長課長河本に適用し、アドリブをさせ、本番での活躍を引き出すという演出の巧みさ、本番での萩本欽一その人のコメディアンとしての乗っていく力。
素晴らしい力を未だ持ち続けていることが画面からビンビン伝わってくる。

そんな人間が今現在のテレビ番組に挑んでいく。
テレビに対して、また笑いに対して気が狂っているんだろうと思う。これは確実に狂気だ。
あの東日本大震災を経て、いや、それに加えて長年の相棒である坂上二郎を失った数日後には企画会議で笑いを語る萩本欽一。心が揺れていない。
震災のインタビューを見て、その子供を気に入って「このキャラクターは笑いになる」と思ったりする。これは明らかに狂人だ。この乾き方は尋常ではない。

その癖番組が30パーセントの視聴率という目標(これは半ば無理だと関わっている人間全員がわかっていただろう目標だが)を達成できなかった時の狼狽の仕方。この鼎の軽重の異常さが何よりも萩本欽一の狂気性を物語っていると思う。

しかしそんな萩本欽一が作ったコント。私は面白いと思った。笑ってしまった。
でも視聴率はとれなかった。

こんなにドラマチックで悲しくて、でも希望がもてることってあるだろうか。

次長課長河本が本番のアドリブでどんどん乗っていくのがわかる場面があったけど、あの瞬間は本当に気持ち良かったんだと思う。
あの瞬間を萩本欽一は演出したのだ。
その瞬間があるのなら人生にいきる価値はあると思わせる瞬間を萩本欽一は作っていた。
そしてそれは萩本欽一が語り続けていた物語で、萩本欽一は番組を通じて確実に物語を作ることに成功していた。
そしてその物語が売り物になる、数字になる時代は確実にあったし、今でもそれは人を熱狂させる。でも今のテレビでは数字には繋がらないのだ。
そういう意味では老コメディアンの悲しさはある。
でもその悲しさってすっごく爽やかだと思う。
だって萩本欽一の腕は衰えていないんだもの。笑いを作る腕、コメディアンとしての腕、物語を作る腕と全てを支える熱意と言うには歪な狂気。

全てが終わって「死にきれないよ」と言って車を降りていく萩本欽一、すごく格好良かった。物語だった。
まだ萩本欽一は生きている。
彼のテレビはともかく、彼の物語は私の心を確実に動かすものである。
しかし物語が世の中を動かす時代は終わってしまった。
おそらく萩本欽一は物語の中で死んでいく。
それはすごく切なくて悲しくてかっこよくて、人間として素晴らしい終わり方だと思う。
映画としてはもちろん面白い。ただ萩本欽一はもっと面白い。萩本欽一が作る笑いよりも、萩本欽一が面白い。
そして、萩本欽一はそれを理解して笑いを全力で作っている。
とんでもないことである。とんでもないことなのである。

あ、あとドッキリの時の(あのドッキリ自体は失敗していたと思う)上島竜兵の凄さ。涙を流して、それでパッとその場を明るくしてまとめてしまう力。ドキュメンタリーという普段のテレビとは違う切り取りをするカメラだったからよくわかった。
上島竜兵も凄い。
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