少女は夜明けに夢をみる/ 夜明けの夢の作品情報・感想・評価

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少女は夜明けに夢をみる/ 夜明けの夢2016年製作の映画)

Starless Dreams

上映日:2019年11月02日

製作国:

上映時間:76分

あらすじ

「少女は夜明けに夢をみる/ 夜明けの夢」に投稿された感想・評価

xxxcakxxx

xxxcakxxxの感想・評価

3.9
社会、貧困、犯罪、差別、宗教、大人といった、キーワードで深く考えたくなる映画。
ただ、悲しいとかショックとかで終わっては行けない映画。
QTaka

QTakaの感想・評価

4.0
彼女達に負うべき罪など始めから無かったのだと思う。
スクリーンに映し出された姿は、”つみびと”ではなく、むしろ天使たちだった。
そして、彼女達の姿を通して見えてくる社会のありようがあまりにも辛すぎた。
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イランの少女更生施設。
そこは、収容され、更生のために隔絶された場所。
そこに見られる少女達の姿に、果たして罪を負わせることができるのだろうか?
少女達は、互いの生い立ちを共有し、そこに自分の姿を重ね、慰め支え合う。
ここにいる彼女達だから、そこに互いの姿をはっきりと見つめられるのだろう。
そして、そういう互いを本当に抱きしめられる。
そこにあるのは、笑い、歌い、ふざけ合い、語り合う、天使たちの姿だ。
ここに居る彼女達に本当の罪はない。
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収容されている少女達の姿を、一人ひとり追うようにカメラは捉えている。
そこに浮かび上がる彼女達のここに至る辛い背景は、家族を含む生活環境にある。
家族の中に有る薬物使用、虐待、暴力、さらに性暴力。
崩壊した家庭に、形骸化した宗教観念。
本来、生きるためのよりどころで有る神(イスラーム)の教えすら、この社会では男尊女卑の象徴でしかない。
そんな彼女達の姿を追いながら、時に笑顔で、時に笑い、歌い、ふざけあう様子にホッとする場面が多く有る。
この施設の中では、互いに心を開き、打ち解けあい、相手を思いやり、支え合っていることに気づく。
ここは、彼女達にとって、収容され、閉じ込められた空間ではなく、むしろシェルターなのではないかと思った。
同様の境遇に育ち、ここへ集まってきた仲間の姿に、「自分一人ではない」という確信を持つのではないか。
それは、彼女達に、この社会の矛盾や歪みを明らかにさせているのではないか。
しかし、再びこの施設を出て、家族のもとへ帰っても、そこに安住の地が有るとは保証されてはいない。
散々、苦しい思いをしてきた家族のもとから逃れるようにこの施設へ入った者さえいる。
彼女達に、ここを出たのちに、明るい未来が見える日が来るのだろうか?
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幾人もの少女達の中に、乳飲み子を連れた少女が居た。
その子供を、少女達はみんなで迎え、みんなで見守った。
みんなでその子を抱き抱え、有る少女は涙をこぼした。
その涙の意味は…、 他の少女がその子を慰めた。
そこには、彼女達に共通する思いが溢れているのだろう。
それは、彼女達だから共有し、支えられる繋がりが有るのだろう。
生きる事の辛さを突きつけられた少女達が、生きようとする事の難しさは計り知れない。
「生きる」という当たり前のことに、絶望してしまった彼女達を、社会はどう受け止めることができるのだろう。
彼女達を救うのは、社会の使命だろうと思う。
彼女達を追い詰めたのも、社会なのだから。
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”社会”が負っている責任というものがある。
それは、一人ひとりが生きるための”社会”を保つことだと思う。
それは、一人ひとりの力で支えられている”社会”を一人ひとりが意識することだと思う。
その責任を放棄すると、とたんに崩れ出し、人々が生き辛い”社会”に変貌してしまう。
この映画は、その末の崩壊した”社会”を少女達の姿を通して見せている。
この映画の中の出来事は、まさに今この時代の出来事だ。
そして、それは、はるか彼方の見知らぬ地の出来事として棄て置いていいことではない。
やがては、この国のことになるのかもしれないのだから。
あるいは、既にこの国にも、綻びや、壊れてしまった”社会”の一端があるのかもしれない。
気づかないだけなのかもしれない。あるいは、見て見ぬ振りをしているだけなのかもしれない。
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昨今、人々の生き方、特に”生き辛さ”を描いた映画と出会うことが多い。
中東を描いた映画では、『存在のない子供たち』があった。そこでは、大人の無関心の犠牲となる子供の姿が描かれ、衝撃を覚えた。子供は、育てることもまともにできないのに自分を生んだ親を告発している。
同様の事を、本作の中で少女が訴えていた。
ここでは、子供は、親からの虐待を受けて生まれてきているのだ。
生まれたその時から、その社会の中で翻弄され、虐げられてきた。
そんな彼女達を描いた映画は、現代社会を告発しているのだと思った。

このレビューはネタバレを含みます

彼女達が犯罪に手を染めたのはきっと生きてきた環境の中で当然なことだったり、仕方無いことであって、罪を犯しているのには違いは無いけど罪を犯したことがダメなことだとは思えなかった。

きっと釈放されても家族は迎えにきてくれない、きっと家族は私のことなんて好きじゃないって言ってるけど、どこかで本当はそうじゃないって思いたいというのが伝わるからこそ、家族から彼女達が想像してた悪い方の思い通りの言葉を返された時に泣いてしまう彼女達が見てて苦しかった。

施設の人の「釈放されたら私達には貴方が自殺しようと関係ない」って言葉が衝撃的だけど現実的で、助けてくれる大人がいないのに彼女達はどうやって生きていけばいいのか分かんないよなぁってなった。

共感はしても同情するのは失礼だと思った。世界はこんなもんなんだなでもどうしようもできないなっていうことしか思えなかった。
4614

4614の感想・評価

3.7
少女達の談笑する場面を見ていると、どこにでもいる女の子の日常そのもの。刑務所だなんて忘れてしまう。

このレビューはネタバレを含みます

この映画は、イランにある少女更生施設が舞台で、罪を犯した10代の少女達が過ごす日々を収めたドキュメンタリー映画である。この映画を通して感じたことは、彼女達はそれぞれ、クスリや窃盗、売春に殺人など様々な罪を犯しているものの、皆一様に家庭環境に問題を抱えている点だ。彼女達は、父親が薬物中毒者であったり、母親が虐待をしていたり、兄弟姉妹が犯罪者であったりと、家族が刑務所に入っているのが普通な程、深刻な問題を有する家庭に育ってきている。そういった話で共感し合うとこぼすほどである。それ故に、彼女達の犯罪行為が、一概に彼女達だけの責任であるとは言えない状況が見えてくる。彼女達の一人がインタビューに対しこのような返答をしていた。「周りが皆やっているから、私もそれに合わせるしかなかった」と。この発言は正に本質をついている気がする。彼女達達は、罪を犯して過ごす他に生き方を知らないのだ。周囲の環境が彼女達にそうさせている、彼女達を毒している、そう考えることも出来る。

また、こんな返答も見られた。「立派に育てられないのにどうして産むの?」、「産むのは簡単だけど、育てるのは大変だから」と。この吐露は、レバノン映画『存在のない子供たち』における核となる大きな命題としても見られたが、親達の無責任な育児放棄がイランでも深刻であることが、この発言を通して知れる。産むだけ産んで、後は自分のしたい様に。彼女達はそうした環境の中に生きてきたある意味での被害者なのではないか。彼女達の一人で恋人をもつ少女が、彼女達の何人かに子供を産むかどうか尋ねられるシーンがある。そこでその少女はこう答える。「泥棒の子は、盗んだ食べ物で育つの」と。これも彼女達の家庭環境を省みた発言ととれる。彼女達は、選ぶことのできない'家庭'という、一番身近な場に苦しんできた。本来ならば、そこが最も子供の成長できる場所であるはずなのに、彼女達には負担や苦痛しか与えてこなかった。社会の最小単位である家庭で傷ついた彼女達には、安らげる場所がなかったのかもしれない。

こうして、'普通'ではない'異常'な存在となり、罪を犯して更生施設に入れられた少女達。だからこそ、'異常'な彼女達は、共感し合える友のような存在がいる更生施設から出たくないと主張する。そこが彼女達にとっての唯一の居場所だからだ。聖職者のような男性が施設にやって来て、少女達に説教をする場面がある。神に祈りを捧げ終わり、その男性が「今日は人権について話す」と言うと、彼女達は「どうして女性は男性よりも罪が重くなるのか」「どうして女性は男性と違い、共犯することで罪に問われるのか」「どうして父親は子を殺しても許されるのに、子(=娘である私)が父親を殺すことは罪になるのか」と矢継ぎ早に質問する。「祈ることはやめたわ」と吐露する彼女達にとっては、イスラーム教とジェンダーの問題についても純粋に疑問を持つ。彼女達にとってそれは死活問題であるし、まともな教育もおそらく受けていないだろうから、イスラーム教の教えもよく分からないのだろう。ただ皆がすることに従ってきた。だが、それ故に自分が生きづらくなっていることに気づき、その束縛から逃れたいとも思っている。彼女達の一人が夢について聞かれた時にこう呟くシーンが印象的である。「私の夢は死ぬこと」と。ここまでのことを言わせてしまう社会に憤りを覚えつつも、その社会自身も、歴史や伝統や固定観念やイデオロギーに縛られ、もうどうしようもなくなっている気もする。

何が間違っていて何が正しいのか。そもそも正邪の差異もないのかもしれない。もちろん犯罪は許されない行為であることは明白であるし、犯罪者である彼女達を擁護する気は毛頭ない。しかし、彼女達にとっては罪を犯すことが生きることであり、'普通'の暮らしは「夜明け」なのだ。明けない夜を過ごしてきた彼女達の「夢」が、"starless dreams"であり続けた彼女達の理想が、いつか叶う日は来るのか。劇中では、「私の夢は死ぬこと」と呟いていた少女が、笑顔で「私の夢は生きること」と言い更生施設を後にするなど、何人かの少女達が更生施設を出ていく様子が見られるが、その彼女達がもう二度と施設には戻ってこないのだ、という保証は何処にもない。むしろ以前と同じように罪を犯したり、最悪の場合道端で死んでしまうことだって考えられなくはない。彼女達だけでなく、同じような少年少女がきっと溢れかえっているのだろう。実際にテヘランに滞在していた間にも、路上生活者や乞食に何度も遭遇した。電車では物売りの少年が金をせびってきたこともあった。彼らがどのような生活を送っているのかは、この映画を観たあとには、想像に難くない。貧困はどこの国にも一定数あることだが、この映画は、イラン社会だからこそ生まれる、あの少女達のような存在を浮き彫りにしてくれたような気がする。

しかし一個人にはどうすることも出来ないのが現状であり、今もイランでは彼女達のような境遇に置かれる少年少女がまた施設に入れられているのかもしれない。テヘラン滞在中に、友人が電車の中の物売りから商品を買おうと言い出したことがあった。物売りに同情し、耐えきれなかったのだろう。共感しつつも、友人を止めた覚えがある。それは私がケチだったからではなく、そんなことをしても何の解決にもならないと思ったからだ。彼から商品を買うことは簡単だが、その先に何があるのか。今でも、買えばよかったかと後悔することもあるが、あの決断は間違っていなかったとも思う。蚊帳の外から見つめることの出来ないもどかしさが苦しいが、この映画をきっかけに、もう一度イランを見つめ直してみたいと思う。
tmy

tmyの感想・評価

-
犯罪を犯した少女というフォーカス
貧困、犯罪、男尊女卑、社会の仕組みで被害者と加害者が同じようなもん
宗教に何を祈るんだろうか
説法に来る僧侶?も教皇も神父も牧師も坊主も釈迦も男だな。
HOSO

HOSOの感想・評価

3.3
フラッと内容とかも見ず映画館に行って観てみたら、まさかのドキュメンタリー映画でびっくり。笑

けどこれ本当にドキュメンタリーなのかな?とは思った。カメラアングルとかが綺麗だし、こんなに綺麗な子って揃うものなのかな。

内容としては本当に考えさせられるなと思った。やっぱり親って生きる上では欠かせない要素だし、どんな親でもやっぱり家族のつながりは外せないもんだなと思った。

とりあえず赤ちゃんがめちゃくちゃ可愛かった。笑
Zealot

Zealotの感想・評価

4.3
⭐︎ ドキュメンタリー
緑

緑の感想・評価

3.5
イランの少女更生施設のドキュメント。
トークショーでの話を交えつつ。

ほんとはみんな女優さん? と疑いたくなるほど
少女たちひとりひとりに強い存在感があり顔つきもいい。
歩んできた人生のせいだろうか。
また、日本では収監者がなにかしらのメディアに出るときは
必ず顔が隠されているのにこの映画では顔が映っている。
それがフィクション感を生んでいるのもあるかもしれない。

薬物依存少女も車両強盗少女も父親を殺した少女も
十把一絡げに収容されている。
罪状は様々ながら罪を犯した背景は皆似ている。
親の薬物依存だったり、DVだったり、精神的虐待だったり、
親戚からのレイプだったり、
こういった諸々が複合的に絡まった末に少女たちは犯罪に走った。
どの少女も施設の外では
超絶ハードモードの生活を強いられている。

釈放となり施設を出るときの映像には
必ず陰鬱なSEがついていた。
家族と和解して喜んで出る少女のときも。
どんな少女にもまた過酷な生活が待っていることが
わかりやすく示唆されている。
SEなしでも観ていればわかる。
この子たちの将来は明るくない。

なのに、「施設から出たくない」と言う少女がいなかったのが不思議。
自分を虐げる家族のもとに帰りたい意味がわからない。
鎖で鞭打たれる場所に帰るくらいなら
ずっと施設にいたいと思わないのか。
家族観が違うのだろうとは察するけれど
その家族観そのものが理解できない。

本当なら家に帰してはいけない少女たちで、
保護されてしかるべきなのだが、
イランという国には保護施設はないらしい。
この更生施設の職員はビジネスライクで、
今日これから出て行くという少女の不安の訴えに
「ここから外のことは私たちに責任はないの。
たとえあなたが自殺したとしてもね」という言葉を放った。
この職員固有の性格なのか、
それともみなが割り切って働いているのか。
この職員も女性だった。
男尊女卑の極みなこの国において、
少女たちを救いきれないという現実を突きつけているのかもしれない。

「なぜ男と女の命の重みは違うのですか?」から始まり
男尊女卑にまつわるいろいろな疑問を投げる少女たちに
イスラム教指導者はこう答えた。
「私たちに求められていることは何だ。
それは社会の平穏を保つことだ」
彼女たちの周囲は平穏じゃないからこの施設にいるのだが!?
なに言ってんの感しかない。
そんなに女性を邪険にするなら男だけの国になって
滅びればいいとすら思った。

出所した少女たちのその後は描かれていない。
施設との取り決めで施設内での撮影はいいけれど、
その外は一切撮らないこととなっていたそうだ。

130ヶ国の映画祭で上映され、
多くの国で「自分の国でも同じ問題がある」との
感想が出てきたらしい。
貧困と暴力に苛まれた子どもたちは等しく不幸なのだ。
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