砂

泳ぎすぎた夜の砂のレビュー・感想・評価

泳ぎすぎた夜(2017年製作の映画)
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すごく穏やかで可笑しげのある「まなざし」の映画だった。
けっこう珍しい映画である。

舞台は冬の青森・弘前で、主人公の男の子の小さな冒険の物語…と書くと冒険譚っぽいのだけどそうではなくて、もっと素朴に子供とそれを囲む我々の世界を優しい目線で観測した話、といったほうが近い。

雪国では常の雪降る夜、なんだか眠れない男の子はあれこれしながら夜を明かす。この眠りたいのに眠れないときの行動がすごくリアル。家の外の降雪はさながら一瞬が反復するかのような永久性を見せるが、朝は何事もなくやってくる。そこからやはり寝不足、学校に行く支度をすることから平日だとわかる。が、登校寸前で男の子は隠してあったミカンを手に取り街中へぶらりと一人旅…

連続する3部構成となっており、2部の冒頭で男の子が目指している場所が明らかになる。そこからも緩やかに、まるで「はじめてのおつかい」を遠目で観るように、彼は目指す場所をぶらりと目指す。

本作の特徴はいくつかあって、まず台詞がないこと。そのためにかえって人々の所作や生活音などに意識が集中される。少年はとても元気で、ときおり寝不足で白昼夢のようである。うたた寝もしばしば。

次に広角の固定ショットが多用されること。雪国ということもあるのだけど、人の写らないごくありふれた景色で動く電車や車、家々はまるでミニチュアのような不思議な印象を与える。

そしてほとんどが引きのアングルであるということ。それゆえ男の子を劇中の通行人などと同じ視点・距離感を持って観測しているようだ。見守っている、という印象に近い。引きと思ったら男の子(や、犬)の目線になったりと、そこらへんの転回が絶妙。

話の内容はとてもシンプルではあるのに、それゆえワンカットごとの魅力が際立っているようだった。日本全国ごくごくありふれた光景、例えばショッピングモールの中などもまるで子供の目線になって体感しているような懐かしさ。日常において当たり前のものが、子供の目線へと同化する瞬間に不思議なものへと変化した。街の見え方が一変する。

構図のうまさや画面内の配色など、ラフなようで練られた画作りなのだけどそれにきどりがない。出てくる大人も優しさがあり、きっと子供は気づかないけれど沢山の素朴な優しさに見守られているのだろうな、と穏やかな気持ちになる。ワゴン車の車内BGMがヴィヴァルディ(雪国なのに春)だったり、随所でクスりと笑えるユーモアが心憎い。

ちなみに出演者は男の子はじめ、一般の方で実際の家族のようだ。
だとしたら家の既視感ある生活感も納得だ。お父さんは実際に漁業市場で働かれているとのこと。なので半フィクションということになる。
(家のわんちゃんは、はなちゃんというらしい。かわいい)

個人的には予算規模の小さい邦画はこういう、日常で見えなくなってしまう素朴さへ焦点をあて繊細に紡ぐほうがあっていると思う。
いい作品だった。