マクガフィン

友罪のマクガフィンのレビュー・感想・評価

友罪(2017年製作の映画)
3.8
「if もしも親しくなった友人が過去に世間を震撼させた殺人事件を犯した少年Aだったら?」を本筋として、交通事故の加害者家族視点を並行する群像劇は、罪についての罰・贖罪・赦しを焙り出す。原作未読。
エンタメを排除したテイストはシリアスで重苦しいが、同じ瀬々監督作品の「64 ロクヨン」のような気取りがなくて、重厚だが抑えた演出が好感。

少年の時に幼い子供を2人殺したこと、交通事故で子供を3人亡くしたこと、未成年少女の死産による、罪と死についての対比が効果的に。各々の出来事や死から派生する問題と複雑に交錯する人間模様をフラットに描くことがメッセージ的でもあり、様々な視点による描写と各々の立場の人の心の有り様を問われることで赦しのラインを揺さぶられて、作品にのめり込む。

カラオケのシーンから派生することが秀逸で、はにかみながらアニソンを歌う模様を携帯動画で撮影されるが、背景を知らないでその部分だけを切り取ると、過去に殺人を犯した者がのうのうと生きており、殺人を犯した者がふざけて見える構図が上手い。
過度な自傷行為は、重大な過去の罪悪感から気を紛らす心の叫びのようにも。共感しなくても、話を聞いたり分かち合うことで、少しは救われるのかもしれないと感じたが、子供が楽しそうに遊んでいる模様を眺める、普段見せない笑顔にゾッとする描写も効果的に。

窓や戸の開け閉めにより、現実の受け入れの是非をメタ的に表す映像描写や、俯瞰シーンの対比も作品に味をもたらす。

交通事故の加害者の父親(佐藤浩市)として、息子の罪を償うために犯罪加害者家族として常に贖罪を背負った十字架は果てしなく、幸せや笑顔を世間に見られてはいけない考えは、ネットやマスコミが加害者家族へ寄せる悪意の心象がメタ的に。
加害者である息子が事件と向かい合い、自分と事件を理解してもらう人と結婚して子供が授かって家族を作って前に進むことを、被害者家族のことを思って全ての行動が理解できない対照的な父親から、罪の大小による償いの長さと大きさの基準は?罪を犯した人間は幸せになってはいけないのか?子供の命を奪った者は、子どもを作ってはいけないのか?という赦しの問いかけが強烈で、過去や罪に囚われた周囲の人々の葛藤や疑心や後悔で、前進できなかったり、前進することを躊躇することが印象的に。

加害者家族の置かれる現実による問いかけをしているのに、それに重要に関わるマスコミ批判が弱いことは、訴える世界が小さくなった要因に。マスコミ批判の描写が甘すぎることは邦画アルアルに。
また、本筋ではないのに、佐藤浩市の主役演技で本筋以上の骨太プロットを構築したことは豊富な視点と様々な立場的な描写が増えて良いが、ラストのタイトルを連想する友情と贖罪のエモ的な感じが微妙なことで、カタルシスが感じなくて残念に。

タイトルを変えたり、ラストを余韻を残しつつあっさりした感じの方が良かったと思うが、死を伴う罪や贖罪のテーマは相性が良く、監督独自の世界観は面白くて興味が尽きなかった。