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友罪のkanayanのレビュー・感想・評価

友罪(2017年製作の映画)
3.8
主人公はジャーナリストの夢に挫折して覇気のない日常を過ごす益田。彼は少年時代に友人の自殺を止められなかったという過去に苦しんでいる。町工場で益田と一緒に同期で働くことになった鈴木は無口で陰気な雰囲気で、工場の中では浮いた存在であるが、そんな鈴木に過去の友人の姿を重ねた益田は彼との距離を縮めていく。鈴木もなにかに苦しんでいるようで、毎晩のようにうなされている。そんな中、17年前に起きた児童殺傷事件について調べることになった益田は、その犯人が鈴木ではないかと疑うようになっていく。
物語は謎解きに向かうことなく、鈴木がかつての殺人事件の犯人たる「少年A」であることはあっさりと明かされ、加害者の贖罪のあり方に焦点が向けられる。
我が子の命を奪われた遺族にとっては、どのような償いがあろうと許せるはずがない。我が子の受けた苦しみを、奪われた人生への無念さを味あわせてやりたい、それが本音だろう。犯人が何かを楽しんだり、喜んだりすること自体許せないという感情になるのは遺族としては当然だ。しかし一方で、社会が加害者に罪を償わさせる、更生させるとはどういうことだろう。犯人が孤立して自己中心的に自分の人生を呪うことよりも、犯した罪の重さに向き合うためには、彼自身を「人」として扱う者の存在が必要なのではないかという視点を本作は示しているようだ。
自分を友達と思ってくれる益田の存在や彼に思いを寄せる藤沢との出会いが、人との交流を避けてきた鈴木に人間的な感情の片鱗を蘇らせる。その感情こそが、彼自身によって奪われた命の重さを実感させる拠り所となり、その罪の深さを測る尺度となる。「俺には生きる資格がない、死んでしまいたい、でも生きたいんだ。」と叫ぶ鈴木を演じる瑛太の演技は圧巻である。
益田と鈴木のドラマに並行して描かれるのは、息子が交通事故で3人の子供の命を奪ってしまい、その贖罪のために家族関係を解散し、遺族に謝罪と賠償をすることに人生を捧げようとする父親の物語である。父親は息子が好きな人との間に子供ができ、結婚しようとしていることを母親から聞きつけ、「人様の家族を壊しておいて、お前が家族を持ってどうするんだ!」と猛反発する。しかし息子は、自分が家族を持つことでその贖罪を両親の手から奪い、自分だけのものとして一生背負い続けていこうと決心する。
何が正しいのか。正解はわからない。ただ、休日に一人で見ると大変気が滅入るほど重い作品であることは確かです。