ま2だ

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のま2だのレビュー・感想・評価

4.8
タクシー運転手、観賞。

1980年の光州事件を題材に、市井の人々の喜怒哀楽をくっきり刻み込んだ一大エンタメ作。地の塩、という言葉が脳裏をよぎる。これは遠い過去でも未来でもなく、現代を描いた神話だ。傑作。

光州へと向かう運転手とドイツ人記者の関係性は、同じく「行って戻ってくるだけ」の神話的構造を持つ「マッドマックスFR」におけるフュリオサとワイヴスに重ねることができるが、登場した瞬間から明確な意志を持つヒーローであったフュリオサとは異なり、運転手マンソプは10万ウォン目当てに記者を乗せたノンポリ中年に過ぎず、その意味でこのマンソプの造形はフュリオサとマックスのハイブリッドだと言えるだろう。

彼が光州の現状を目の当たりにして煩悶の末にヒーローとして覚醒する過程が、名優ソン・ガンホの名演技と、中盤における映画のトーンの鮮烈なシフトチェンジ(路上でマンソプがデモ参加者とぶつかって転倒し、起き上がった瞬間に歴史の渦に観客共々放り込まれるシーン、「ヒメアノ〜ル」並みに鳥肌立った)で演出される。

よってFRほどハードボイルドではないが、人間ドラマとしての画面内の熱量はFRを上回る。

英語と韓国語、拙い英語とで行われる浅く煮え切らないコミュニケーションは、長いスパンでマンソプとピーターの相互理解をじわじわと醸成する。言葉の壁という要素を、物語上のギミックと人間ドラマの味わい深さの双方に機能させていて、エンタメとして極めて優秀だ。

主要な登場人物たちのいずれにも魂がスパークするアツい瞬間が用意されていて、クライマックスにおけるカーチェイス含めて、これらエンタメに振り切ったフィクション演出の数々を見せつけられると、逆説的に、製作陣の史実に対する深い理解が伝わってくる。本気じゃないと韓国にとっての黒歴史ともいえるこの事件をこのようなかたちに仕上げることはできないと思う。

ノンフィクション、ドキュメンタリーのかたちではなく、物語の力で史実を語ることの意義、フィクションの持つ力を思い知らされる。
ま2だ

ま2だ