茶一郎

犬猿の茶一郎のレビュー・感想・評価

犬猿(2017年製作の映画)
4.2
 兄、弟、姉、妹、自分にとって誰よりも近しい存在との不均衡を描く『犬猿』。本作は、V6の森田剛氏をサイコキラー役として起用し幅広い観客にショックを与えた近作『ヒメアノ〜ル』でおなじみ、𠮷田恵輔監督の『麦子さん』から4年ぶりとなるオリジナル脚本作品となります。

 冒頭から昨今しばしば見られるキラキラ映画のダサいCMをイジり、観客に唐突なアッパーをかましたと思ったら、その後はボディブローのようにジワジワ効いてくる静かな「気まずさ」を延々と持続させる監督のイヤらしさ。𠮷田監督の日常生活への意地悪な視線によって生み出された最悪(最高)の「気まずさあるある」シーンが連発されます。
 『純喫茶磯辺』の居酒屋、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』の結婚式……とシチュエーションを列挙しただけで、気恥ずかしさと気まずい思いが蘇る𠮷田作品ですが、本作における私的「気まずさあるある」シーンのベストは、兄弟姉妹関係を描いた本作『犬猿』らしく、お互いの身内への思いが交錯する遊園地デートのシーンでした。軽い気持ちで自分の身内(兄弟)への自虐を言ったら、相手がその自虐にノってきて悪口を言われ少しイラっとしてしまう。画面を直視できないほどに見事な「気まずさあるある」名シーンでした。

 そんな監督の演出・人間観察力を、より映画的に盛り上げるのは、窪田正孝(弟)と新井浩文(兄)の兄弟、ニッチェ江上(姉)と筧美和子(妹)の姉妹、この2組の演技合戦と言えます。監督は意図的に、珍しい芸人さんの江上氏とグラビアアイドルの筧氏という飛び道具起用組と、窪田正孝氏と新井浩文氏との芸達者で演技派組の2パターンを対比させキャスティングしました。キャラクターに完全に成りきっている兄弟の演技合戦も面白いのですが、特に江上氏と筧氏とのバトルは、「不細工だけど頭がキレる芸人 VS 綺麗だけどどこか馬鹿っぽいグラビアアイドル」という構図が物語を超え、ドキュメンタリックに面白い点です。
 ニッチェ江上氏が「あんたは胸が大きいだけ」と罵倒するシーンを始め、妹役の筧氏への罵倒について江上氏が「私がいつも美人に対して思っている事だから言いやすかった」と語っているのも非常に興味深いです。

 日常における不均衡、優れた観察眼が生み出す「気まずさあるある」、そしてキャスティングの妙が生み出した奇跡の演技合戦、全てが高レベルな映画的化学反応を見せると同時に、本作『犬猿』は非常に開けた兄弟愛の物語に帰着します。
 𠮷田監督は作家性の強い素質を持っていながら、『ヒメアノ〜ル』のラストの脚色を始め、とてもエンターティメント寄りに物語を落とし込める娯楽作家です。そしてこの監督のサービス精神がどうにも監督の限界点をセーブしているというのも事実。私は過剰な泣かせ演出より、「チャーハン美味しかったよ」なんて何気ない端々のセリフの方がよっぽど感動的だと思ってしまうのです……
茶一郎

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