耶馬英彦

泣き虫しょったんの奇跡の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

泣き虫しょったんの奇跡(2018年製作の映画)
2.0
 瀬川晶司のプロ合格は、少しでも将棋に関心がある人なら割合と知られた話である。だからこの作品は最初から結末がわかっている。であれば、ストーリー以外のところで人間ドラマを描くしかない。そんなことは制作サイドの全員が承知しているとは思うが、それでもストーリーを語るのに精一杯で肝腎の人物像が描かれないから、観客は誰にも感情移入出来ない。泣くのは主人公のしょったんだけだ。
 何のハンディキャップもなくて、周囲がいい人ばかりで育った健康体の男が主人公では、そもそもドラマにならない。原作を否定する気持ちはないが、映画にするには弱すぎる設定だ。
 こういうときこそ演出の力が要求されるが、時系列を追ってストーリーを描くという手法はあまりにも芸がなさすぎた。対局のシーンは誰もが駒を叩きつけるように指しているが、温和しく指す人も結構いる。将棋は静かに盛り上がる精神的なゲームで、対局、負けました、対局、負けましたというせわしない描写は著しく興を削いでしまう。盤面も、やぐら模様で進んでいたのがいきなり振り飛車になったりして、別の対局をいっぺんに表示したのか、よくわからないままだ。
 一局の将棋には起承転結があり、それだけでひとつの物語になるくらいの内容がある。プロになれるかなれないか、勝負の一局をはじめから最後まで一手ずつ描いて、その合間に子供の頃からこれまでのエピソードを入れるくらいの工夫がほしかった気がする。門外漢の勝手な意見で申し訳ないけれども。
 結局最後まで将棋指しの内面が描かれないままで終わり、消化不良のまま映画館を出ることになった。小林薫も國村隼も松たか子も、それぞれに光る演技があったし、松田龍平も将棋指しらしい思索的な人柄を上手に演じていたが、全体としてパッとしない映画になってしまったのはストーリーテラーになってしまった演出に原因があるのだろう。残念である。
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