女の一生の作品情報・感想・評価 - 6ページ目

女の一生2016年製作の映画)

Une vie

上映日:2017年12月09日

製作国:

上映時間:119分

3.5

あらすじ

男爵家の一人娘として生まれ、17歳まで修道院で教育を受けた清純な娘、ジャンヌが親元に戻る。親の勧める子爵ジュリアンと結婚し、希望と幸福を胸躍らせ人生を歩みだしたかにみえたジャンヌだったが、乳姉妹だった女中のロザリが妊娠、その相手が夫ジュリアンであることを知る。夫の度重なる浮気、母の死、溺愛した息子ポールの裏切りと・・・ジャンヌに様々な困難がふりかかる。

「女の一生」に投稿された感想・評価

KR

KRの感想・評価

3.4
この作品を一番おすすめしたいのは、
モーパッサンが好きな方。
と、言えるぐらい、作風が反映されていて、
まさに読書をするように観ることのできる作品。

著者独特の、
急に牛刀でぶった切るような終わり方は、
この映画でも再現されていて、
モーパッサンファンの期待を
裏切らないものになっていると思う。
純文学やフランス映画が好きな方などに
向いていそうに思う。

明解なストーリーや、次々と起こる大事件、
驚きの結末、
などを勝手に期待して観てしまうと
つまらなく感じてしまうだろう。

とても大人の、ひたすら現実的な展開。
原作か、モーパッサンのほかの短篇でもいいので、
一つでも読んでおくと
映画は見やすくなると思う。

作中時々流れるデュファイらしき古楽(同じ2、3曲ぐらいを繰り返す)が、
まるで作品の名刺のように、
素朴で飾らない撥弦の旋律が
言葉に表しがたい人生の悲哀を、
ぴったり寄り添うように表現している。

ついもっと劇的な音楽を足したくなるが、
それをしなかった制作陣は、
この作品を高貴で静謐にし、
著者への敬意を表すことに成功している。

ケチャップやマヨネーズはなし、塩のみでどうぞ、
といった感じ。

当時を再現した衣装が美しいのだが、
ただひたすら綺麗なのではなく、
汚れたり古びたりしていくからの美しさを
見せてくれる。
冒頭、
ジャンヌのドレスが畑仕事でドロドロになる描写は、
彼女の行く末を投影するかのように
強調されている。

また、
ノルマンディの自然も四季を通じて美しく、
春の緑から冬の荒波まで、
まさに四季を繰り返す人生そのものを表すよう。

観終わった後余韻が残り、
考えさせられる作品。

人生を、全て素晴らしいとは言わず、
半々とも言わず、
もし9割は苦労だとしても
1ぐらいは良いこともあるでしょう?、
と訴える。

楽しいことばかりでなくとも、
ひとときでも輝く瞬間があったなら、
その人生には意味があると言えるのではないか。

常夏のような人生のひともあれば、
冬がいつまでも続く人生も、人それぞれ。

だが、
春は例え一瞬でも、誰にでも訪れるのでは、
と示してみせるような、
あの有名な最後の台詞で終わる。
ゴン吉

ゴン吉の感想・評価

4.0
典型的なフランス映画。
ヒロインの紆余曲折の一生を淡々と描き、ラストは真実か虚偽かわかりませんが、それに絡めて一言で纏めています。

作品は影と光を巧みに使った映像なので、映画館で鑑賞すると、きっと美しいと思います。
画面サイズもシネマスコープではなく、今時珍しいスタンダードサイズで、ヒロイン中心の構図になっています。

フランス映画が好きな方にはお勧めです。

日比谷図書文化館の試写会にて鑑賞。
リオ

リオの感想・評価

-
息子のことで主人公が主人公の父親と口論するシーンがあるんだけど、その中に日本語で「うるせー、うるせーパパ!」
としか聞こえない台詞があって全然笑うシーンじゃないのに笑ってしまった。
空耳アワーみが強すぎた。

本編の感想としては、ただただつらい。夫と息子が永遠にクズで、蛙の子は蛙とか三つ子の魂百までっていうことわざが思い浮かびました。
美波

美波の感想・評価

-
試写会にて。

他の映画でも感じていたことだけれど、個人的にフランス語でも言い合いのシーンが苦手…つらい。
かなり体力を使うけれど、それだけお話に集中できている意味ではいい映画なのかも。

激しい、厳しい海が本当に綺麗。
@試写

前作『ティエリー・トグルドーの憂鬱』で社会に対する洞察といい、映画技法といい、感嘆させられたステファヌ・ブリゼ監督。彼が20年前から構想していたというモーパッサンの原作の映画化。

ヒロインのジャンヌは夫に幾重にも裏切られ−−−−なにしろ夫は彼女が乳姉妹として育った女中を妊娠させ、親友だと思い込んでいた伯爵夫人との情事が露見して殺される−−−−溺愛する息子にはとことん財産をむしり取られる。なんと愚かな女よ、と言うことは簡単だけれど、徹底してヒロインの視点から撮られたこの映画の演出から浮かび上がってくるのは、自らが信じる愛に盲目的なまでに忠実であろうとする彼女の一途さ(翻って、悪人であり、人間としてはるかに愚かしいのは夫や息子の方である)。

師のフローベールがやはり愚かな女性ボヴァリー夫人を自分の分身として描いたように、モーパッサンもジャンヌの造型に丹精を込めたのだろう。少なくともブリゼ監督はその力のすべてを掛けてジャンヌの美しい横顔がたたえる情感をスクリーンに溢れ出させた。主演のジュディット・シュムラの儚げで気品ある佇まい、ナチュラルな演技力が〈凡庸な女性の凡庸な悲劇〉にはかり知れない奥行きを与えている。いや、そもそも凡庸な女性など存在しないし、凡庸な悲劇なども無いのかもしれないのだが。
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