女の一生の作品情報・感想・評価 - 8ページ目

「女の一生」に投稿された感想・評価

maya

mayaの感想・評価

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観ていてつらかった…。女性の一生で何度も悲劇が繰り返されていて、それでも生きていかなければならない状況の中で最後だけ、幸せになったようにみえたのはよかったが、現実でもあり得る話かもしれないと考え始めるとつらくなる…。
映像は手振れがあったためホームビデオのような感覚だった。
フランス映画らしく、映像は絵画のように綺麗だった。
meltdownko

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3.5
モーパッサンって今さら映画化する必要のあるような作家だろうかと思いつつも、「ティエリートグルドーの憂鬱」が良かったのでとりあえず観に行くことに。原作は既読ですが突き落とすシーンしか覚えてません(映画ではオミットされていた)。
こうして見るとジャンヌの苦しみの多くが政治的あるいは宗教的価値観に自分の選択を委ねるように追い込まれたことに端を発しているように思われて、たとえば不貞についても許しあるいは伝達を強制された結果としてのジャンヌの苦境があるわけで、そこにステファヌ・ブリゼが映像化を決めた要因があったのではないかというような気がしている。しかし最後のセリフで何かいい話風になっているのはやっぱり理解できなくて、これ息子がだめなやつには変わりないので解釈がポジティブ過ぎるだろという気分になった。
Marrison

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3.0
暇な人向けの綺麗な映画。眠れる。

貴族階級の弱者、である善良なお嫁さんの田舎物語がぽんぽん進む中、序盤のヤマである“初夜”と中盤の“廊下で息子暴れる”の2シーンだけが奇妙に長い。ほかに、のちに「家を売却する以外ありません」を懇々と説く管財人の台詞のわかりやすさが、輝いてた。────そういったフェルマータをほかにもふんだんに散りばめれば、もっと個性的な名画になったかも。

映画・小説(19世紀後半の大ベストセラー)ともに、原題は『(一つの)人生』。一人の女の全生涯、という大河的な意味まではない。
執筆当時アラスリーだった男子モーパッサンが、“善良で見目麗しく感受性豊かな女子”の内側に(愛しさ込めて、たぶん心地よく)入り込んで語ってるんだが、ざっと原作の特徴はこう。
①風景描写と人物外形描写がみっちり
②通俗的魅力の高い「事件」を適宜配置
③心理描写は(事件時以外はおおむね)ストレートで説明的
④思想性は高すぎず、さほど理屈っぽくもない
・・・・元々たいへん映画化しやすい種類の小説だったと私は思う。譬喩の連なる丹念な文章も、キャメラ一つで楽々「映像美」へと移し替え可能だもんね。それは結果が証明してること。
まずは、スタッフは美人女優を力入れて選んだ。“金髪・碧眼”にしなかったのは、忠実すぎない映画にするんだという決意で? それとも何となく?
顔アップ初夜(←ここだけ独自色シッカリなのは確か)以降は閨房カンケイ(獣性いろいろいわれる夫の押し引きや、妻の側からシタクナル瞬間)には触れず、夫婦に口移しで泉の水飲んだりもさせず、熱病時の“ベッドにネズミ千匹”みたいな面倒臭い「汚」シーンも省略してて、力持ち殺人スペクタクルもなく、、、、、、「美しい人を美しい風景の中で無難に撮れば、褒めてもらえる」って信じ込んだステファヌ・ブリゼたちが好きなようにこれを作った。
Rui

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寝てたー。2時間というのに長く感じた…。
愛に翻弄されるのは今も昔も変わらない女の一生。
TOT

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3.9
‪退屈で受け身に見えても頑なに自分を生きた女性の生涯が情感を伴って現代に立ち上がる。
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』のブリゼ監督からモーパッサンへの果たし状、主人公ジャンヌへの素敵なラブレター‬。
モーパッサンを翻訳したように豊かな自然の映像、スタンダードサイズとハンディカメラの閉塞感、抑圧と記憶の重なり(それと断絶)を思わせて詩的な編集が合わさり、省略を効かせつつ雄弁に描かれるジャンヌの世界。
希望か絶望か、遠くを見る彼女の横顔が幾度となく映し出され、どんなに孤独であっても彼女を見つめる視点があること、彼女の視点で進む物語であることを思わせる。
襟元に光を受け、裾には泥をつけ、時に海風にあおられるドレスが、彼女の年齢と環境の変化を表して美しく、特に細やかなレース刺繍の素晴らしさに目を奪われる。(『ジャッキー』でアカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされたマドリーヌ・フォンテーヌのお仕事でした。おお)
夢と喜びに満ちて完全だった少女時代から遠く、結婚し子を育て、信じた人に次々と裏切られても、また人と自然の営みによって癒されるジャンヌ。
ラストの先で、彼女はまた裏切られ絶望するかもしれない。
でもまた「世の中って、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね」と思うかもしれない。
そんな凡庸に繰り返す普遍の存在に揺さぶられて慰められた。
なつ

なつの感想・評価

3.8
ラストシーンの言葉が、ある意味、この映画の“キモ”だと感じたのだが…。
岩波ホール、私が最年少でしたね。
人生の酸いも甘いも知り尽くしたであろうご婦人方でほぼ満席。
この台詞の後、結構“失笑”が、そこかしこで漏れた。
聞いてみたかったなぁ、共感出来なかったの?それとも、人生はこんなもんよの笑い?と。
古今東西、同様の悩みはあるでしょう。
女癖の悪い旦那、金癖の悪い息子。
“許す”にしても、時間をかけないと、繰り返すよ、その人達は。
まずは、自分を大切にして欲しい。
私のように能動的に生きてる女も、主人公のような受動的な女も…
“幸せ”は、自身の“心”が決める。
Osamu

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4.1
おもしろい映画体験だった。

舞台は19世紀中頃のフランス。男爵の娘ジャンヌの人生の物語。

モーパッサンの名作にステファヌ・ブリゼ監督が挑む。

何が起きたのかは直接には映さない省略が多用されていて、省略のジャンプと、省略を埋める想像を引き出すカットのリズムが気持ちよく、おもしろい映像表現だった。

原作を数日前に読み終えたばかりなんだけど、曇天のどんよりとした画面は原作を再現しているように感じた。一方、登場人物たちが実態のない思い出のように過ぎ去って行く感じは原作とは異なる。ブリゼ監督がこの映画用に選んだ手法だと思う。この手法により、ラストシーンの解釈がストンと腑に落ちた。

名作ものは原作をどう映像表現するのかを観るのがおもしろい。そのおもしろさがギッシリ詰まっている感じだった。

原作を読んで準備万端のつもりだったけれど、ブリゼ監督の過去作をもっと観ておけば良かったと後悔。ブリゼ監督の作家性をもう少し理解していたら更におもしろかった気がする。
シアフランス監督作『光をくれた人』と本作『女の一生』における『許しの解釈』は、『根本的に異なる印象』を受けました。


『光をくれた人』における許しとは、相手の許しを乞うことはせず、『罪を背負う覚悟』を決めた者に向けられた言葉でした。


一方『女の一生』では、相手の許しを乞い、『元の生活に戻りたい願望』を持つ者に向けられた言葉です。


周囲の人間はジャンヌ(主人公)に対して、『罪を許せ』だの『倫理に背くな』だのと"正しさ"を振りかざすばかりで、『彼女の優しさ』には目もくれません。


正しく生きている人間に対して、『正しさを要求する権利はない』かと思います。
愛する人ほど裏切り去っていく。
不運な時ほど、何かに希望を持っていたい。
純粋すぎる主人公に苛立ち哀しみ、なかなか体力がいりました。

通常よりもあえて狭くしたというスクリーンと
次第に暗くなっていくドレスの色が、主人公の心をより濃く感じさせます。

最後の一言は救いと思いたいけれど、ここまでくるとこれもまた嘘なのではと、素直に受け入れられない自分がいます。
大人の女性なら、どこかに少しは通り過ぎた経験が見つかると思います。
RYO

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3.9
この映画、間違いなく年齢を重ねた女ならとりあえず大丈夫。結婚・夫・家・親族・社会・子ども・地域・介護、どんな女性もどっかで絶対カスってる。信じていた身近な他者からもたらせれる苦悩。信じてたからこそ辛い、でも何回でも信じたい自分。 国も時代も違うのにこの「あるある」感いったい何?古今東西、女の一生(直訳「ある人生」)って、濃くて深くて重いのか。自分の身体から産まれた子を抱く至福の喜びや、幼児と母親のみに与えられる究極の相思相愛との引き換えか。

主人公がとっても美しい。デコルテから輪郭の完璧フォルムが本当に文学的。始まり方や終わり方含め、説明的な要素を全て排除して、文学作品をそのまま映像にした情景はとっても素敵。ベクトルはいつでも主人公の内側向き。もっと引いて 壮大に見せてほしいすばらしい自然の景色が随所にあるのに、絶対にそう見せず、主人公中心でみせるとこ、こだわりを感じたな。