Marrison

海を駆けるのMarrisonのレビュー・感想・評価

海を駆ける(2018年製作の映画)
2.4
ディーンを喋らせない、という最善。それ以外にどこを褒めろと?

昨2017年、世間の失笑を買った国内商業映画筆頭が、ディーン主演の『結婚』だった。あれ以来、少なくとも私の周りに大根役者の彼贔屓を公言する女子は一人もいなくなり、「おディーン」は自動的に死語となった。
同じく昨年、深田晃司監督は『淵に立つ』で私たちを混乱させた。評価は国内外で多様だったが、私的には、あの作品で男を(女を)上げたのは俳優の浅野忠信さん&筒井真理子さんのみであり、重度身障者やキリスト教をあまりにも無節操かつ無教養的に小手先ドラマの具材として安直利用した監督は、あざとさに走りやすい小人物(または考えすぎの未熟者)のように見えだした。(彼の気さくさとかは私まあ好きだけど。。)
いわば、マイナスのディーンとマイナスの深田監督が今年結び合って、マイナスの掛け算でリベンジ的に大プラスを生むか、それとも引き引き算でマイナスが増えちゃうか、今作は大いにワクワク&ビクビクされていたわけなのだ。
結果は、、、、、、、演技力に難のありすぎるディーンは、上記のとおり作品をぶち壊さない特別シートに座らせたことで問題解消! 快哉を観客全員で叫んでもいいぐらいにこれは本当に素晴らしい選択だった。
が、監督の方は、、、、なぜか自爆! 何この不出来な脚本は!? プロデューサーらから押しつけられたディーンの扱いにあれこれ腐心してるうちに疲れきっちゃったんだろうか? 喋らなきゃ済むイケメンと違って、映画をとにかく創りつづけなきゃならない立場だからね。。。

ディーンを円満にスポイルした今作の、メインは太賀ら若者が担う格好に。だが、「ツンキャラ。デレなし」を引き受けた素敵な太賀は、マジメにその役と語学に取り組みすぎて、ドラマの単調さ(魔法の乏しさ)にじつは拍車をかけまくった。ほんらい地味で、やっぱり助演の性格俳優としてこそ百点を叩き出せるタイプだから。少なくとも深田映画においては、彼はもっと出番を減らされるべきワンポイント係だよ。悪くはない。悪くはなく本当に今作でも安定してたんだけど、安定以上の何がある?
ヒロインなんであろう阿部純子さん(失礼ながら、名前からして飛躍を諦めかけてるっぽい)は、あれだけ甘く熱い眉を持つ美青年クリス役に微笑みかけられてるのに何にも気づかないふりを執拗に?続けるところに演技者としてのガンバリ?を感じさせたものの、このいつまでも盛り上がってこない物語を支えるほどの魅力はナイ。かわいそうだけども。深田監督の出世作で二階堂ふみさんが放ってたマジカルなみずみずしさに、遠く及ばない。もちろん、使いこなす側の責任。
インドネシアの若い二人については、特に言うことはない。
それより、後半に船の上でだっけ、若者四人で向き合って「月が綺麗ですね」のオチをつける場面、この映画の中で初めて溌剌としてた。もっともっと最初っからこういう魔法をかけてほしかったな~深田さん。
変な譬(たと)えになるけど、若い四人の描き方が、プロレス的には “タッグマッチ以外見せようとしない、エース不在のマッチメイク“ みたいだ。シングル通用のエースはやっぱり、年行った誰かさん(たち)であるべきなのであって……。
そのディーンはまったくしょうがないとして、深田オールスターズに属する鶴田真由さんはね、畑脇で倒れてるシーンで燃え尽きちゃって、淋しい。最後、長靴でね。。。何のために出演したのかムダ気味。。。
もちろん、脚本が悪いのよ。

アイデアに詰まると水辺描写へと逃げるのは、『淵に立つ』あたりからの深田監督の悪癖だ。旧作の焼き直しにほかならない滝の逆回しには呆れ返ったよ!!! 開き直りの海上ランにもね! くだんの滝の『いなべ』や湖の『ほとりの朔子』や河の『ざくろ屋敷』が秀作だったのはまちがいないだけに、過去の栄光っていうか、深田晃司という人の才能がついに枯渇した感。
そもそも、冒頭の海からディーンが現れるところ、俳優だったら本気で水に浸かりゃいいのにCGスタート。波に押されもしないで何やってんのさ? そのチープさがラストの迷走・愚走に直結しちゃって。。。
結局、大手の諸企業が配役やロケ地やその他いろんなことに口出ししてくる邦画文化にとっても、監督にとっても、今作は袋小路を示すばかり。津波つながりのインドネシアに私たちの目を向けさせてるようでも、映ってるのは“邦画の終焉“だ。今回のフランスの貢献は何?
想像したくないが、これで濱口竜介氏まで今後コケるようなことがあったら、日本の映画創造は純粋自主とアニメ以外終わりだね。漫画原作物以外存在しない涙の国にそのうちなっちゃう。