ベルサイユ製麺

ポップ・アイのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

ポップ・アイ(2017年製作の映画)
3.5
ローカルあるある。
愛媛では蛇口からポンジュースが出ますし、香川ではウォシュレットからうどんが出ます。北九州では組事務所からロケットランチャーが出ます。
そして、タイのロードムービーは象で移動します!


遠くに工場が見える、田舎の車通りの少ない公道を歩く影。何の特徴もない中年の男と、象。
男はヒッチハイク(!)を試み、何と止まってくれるトラックが!!…象を荷台に乗せ、暫く走るが、些細なことで運転手を怒らせてしまい降ろされる。またトボトボと象と歩く。

…男は建築家のタナー。
数日前にはテレビ番組で、自らが手掛け、今は廃墟化してしまったガーデニアスクエアという大きな複合施設についてコメントしていた。
今のところ経済的には問題無いが、夫婦仲は冷え切ってしまっている。何しろ妻は…。

家に居て心が休まるでもなく、では仕事でもするほか無いが、最近はその仕事の方も…。時代は変わっているのか?俺は置いていかれたのか?
気を落とし、独り歩く職場からの帰り道、観光用、記念撮影をする為の象が佇んでいるのを見てハッとする!…タナーは即決でその象を買い取り家に連れて帰る。タナーは象の事を“ポパイ”と呼んだ。
少年時代、タナーは象が普通に生活の中に溶け込んでいる様な田舎で育ち、その頃を一緒に過ごした、母を亡くした子象こそがポパイだった。
タナーはポパイを生まれ故郷に還すことにした。


タイトル『POP AYE』(ポップ・アイと読みます)と聞くと、なんだかカラフルな若者の青春群像劇とかみたいですが、若者も恋愛もまるで
関係無くて、実際は…
象とおじさんが歩く。歩く。ひたすら歩く。
バンコクから象の生まれ故郷へ戻るってんだから、景色もだんだん寂れたダウナーな雰囲気になっていきます。流石に100分間、象と中年ではキネ旬の文化映画枠になってしまうので、実際はポツリポツリとイベントが発生しますね。
例えば。…休憩のために立ち寄った廃屋に居つく髪ボサボサ髭ボーボーのホームレスの男ディー。彼は”死期を悟った”と和かに言う。唯一の心残りは“妻”とオートバイに乗りたかったなあ…と遠い目。
…とか、或いは、ポパイの飼育許可証が偽物である事が判明し、お巡りさんのお世話になったり。…顔に生々しいアザが残るおかまちゃんと心を通わせたり…。ささやかだけど心に残る出来事の数々が、なんとも脱力感を誘うテンポと相まって緩い笑いを誘います。その一方で、夜の道をバイクで突っ走るホームレスのディーの姿や、疲労で倒れ込むタナーなど、何処か不吉なイメージも同居していて、個人的には北野武のコメディ作品にも近いフィーリングを感じました。

“可哀想な”ポパイの姿にタナーが重ねているのは勿論タナー自身で、故郷に帰りたかったのも彼自身だったのでしょう。それが良い事だと信じていたから。それ故、終盤の想定外の出来事の畳み掛けはなかなか辛いですね…。
帰郷、できる時にしておかないと、命も故郷もずっと有るなんて事ある訳ないものね。

なかなかに地味な作品なのですが、コレがピタッとハマる方も居ると思います。気になる方はぜひご覧ください。

そうそう、エンドロールのキャスト、一番に出てくるのが象のポパイなんですよね。確かに実質主役だった!タナーを背中に乗せてあげるシーンなんて、ちょっと泣きそうになっちゃいましたよ。
よし、ちょっと今日は象を探しながら歩いて帰ります…。