おなべ

判決、ふたつの希望のおなべのレビュー・感想・評価

判決、ふたつの希望(2017年製作の映画)
3.7
想像以上に複雑な問題で、意外にも小さな火種が原因だった。本作はフィクションでありながら時事性を含みつつ巧みに人間ドラマを展開し、最後には予想だにしない感動の結末が待ち受けている。また、現代社会が抱える問題に大きく通ずるものがあり、その壮大なテーマの解決策を作品を通して導いている。

レバノンの首都ベイルートにて、レバノン人とパレスチナ人のほんの些細な口論が原因で法廷沙汰に。しかし、宗教問題・人種差別・移民問題など、それぞれの国の根深い歴史や文化が二人の問題に複雑に絡み合い、事は国や政治を揺るがす大事件へと発展してゆく。

2017年ベネチア国際映画祭にて、主演を務めた≪カメル・エル=バシャ≫が最優秀主演男優賞を受賞、2018年にはアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。内戦を経験した≪ジアド・ドゥエイリ≫監督の実体験を基に、独自の切り口で描かれている。

押しなべて常に緊張感のある見事な演出で、ひと時も目が離せないほど引き込まれた。また、パレスチナ移民の問題やレバノンの悲惨な歴史についてなど初めて知るものばかりで、それらの知識を全く持ち合わせてない自分でも国の根底にある諸問題の根深さや積み重なった軋轢を身に染みて実感した。何より良かったのは、二人が衝突を繰り返し悩みに悩んだ末に導き出した結末だ。先の見えない泥沼化した未来の中に小さな光明を見出し、お互いが納得のいく形で迎えた結末に感動した。


【以下ネタバレ含む】


◉本作の中に大好きなシーンがある。それは大統領に召集された後、各々の車に乗り込みその場を後にするがヤーセルの車が動かなくなってしまい、それを見かねたトニーが一度は立ち去ろうとするも、わざわざ戻りヤーセルの車を直してあげたシーンだ。セリフはほとんど無かったのだがトニー本来の優しさが垣間見えたり、トニーの優しさに触れたヤーセルの表情が朗らかになったりと、物語で初めて心が触れ合った瞬間だったと思う。

◉国をも巻き込む大事件の大元の要因は「ただ、謝ってほしかっただけ」である。即ち、あの時にお互いにしっかり話し合って、自分の罪を素直に認め謝っていれば、もしくはしっかりとコミュニケーションを取った上で工事をしていれば、裁判をする必要も代理戦争をする必要も無かったのである。何事も相手の事を知らないから攻撃的になるし、ましてや暴言や暴力は以ての外だ。そういう意味では本作は属しているものが違う人間との会話の難しさを呈しているとも言える。その良い例が中国とアメリカの関係だ。報復関税による貿易戦争は世界的に負の影響を与えている。相手を思いやり、きちんと対話が為されていればそれらの諸問題も未然に防げた筈だ。中国・アメリカの両国のトップは、この映画を観て改めて対話の重要性に気付いた上でトニーとヤーセルを見習って欲しい。
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