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ブンデスリーガのmingoのレビュー・感想・評価

ブンデスリーガ(2017年製作の映画)
4.0
芸大院10期卒制。10期3作品鑑賞したが間違いなく本作の豊かさは他の追随を許さない。

物語は廃校になった母校でひとり卓球の本場であるドイツのブンデスリーガで活躍することを目指すカネゴンの不思議な面持ちではじまる。そこに中学校の同級生たちが訪れるようになり、旧友と遊んでいく中でカネゴンの「今」が浮かびあがる。

フィルムだけが魅せてくれる絵力と、廃校という場所性を活かしたカメラワークやカット割が特に秀逸。何より長回しを長回しと感じさせない切実な目線が捉える空間の描き方が突出している。

監督本人が本作をつくるうえで1番重要視していたことにあげているのは「豊かさ」である。それは現場で試行錯誤する時間が取れる現場(場所はすべてを語る。とも言い換えられるのかもしれない。)のことを指している。その場所で積み重ねた時間(過去はもちろん今現在、未来へ繋がる)のことを考えるだけでしっかり生きてきた人なら胸が苦しくなるのは当たり前だ。あのとき語り合った将来の夢、好きな女の子のこと、変なあだ名のやつ、クラスでうまく立ち回れないだらしの無い自分のこと、時が戻って欲しいわけでも今が愛しいわけでも未来に希望があるわけでもないが、言葉にしがたい「時間」を投げかけてくる本作をずっと見つめていたくなる。そして実時間を観客に焼き付けてからの最後に魅せるラストへと誘われたとき、「時間」の定義が崩壊し心地良さに見舞われる。芸大映画の傑作「息を殺して」「彼方からの手紙」しかり亡霊遊戯として見せることによって「時間」への哀愁と慈愛を炙り出す。生きることは夢幻泡影。なのかもしれない。

以上のようにエドワードヤンのような時間空間時代を飛び越えつつも、フィルムによる強度や持続させる長回し、場所性を重要視する感じが初期北野武「ソナチネ」「3-4×10月」(亡霊映画)をも想起させる。しいてこうして欲しいとあげるなら前者のような狂気や恐怖による「瞬間」を観たかったという点だろうか。それを抜きにしても十二分に傑作なのだが、序盤卓球をやるシーンで主人公下手やんと思わせておいてからのラストは、まさにフェイクすぎて思わず前のめりになった。言葉、動きの細部に面白みが隠れている不思議な不思議な映画作品。傑作。
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