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スパイダーマン:ファー・フロム・ホームのokomeのレビュー・感想・評価

4.0
「君を選ぶ事だけは、迷わなかった」


MCUシリーズにおける『スパイダーマン』の魅力と言えば、何を置いても主人公ピーター・パーカーと、アイアンマンことトニー・スタークとの関係性がありました。
道を指し示す先輩ヒーローと、それに追従する後輩。まるで師と弟子のような位置付けの2人ですが、実際の物語上での描かれ方はそんな畏まったものでは全然なくて、もっと、こう、すごく微笑ましい。

その理由は師であるトニー・スタークに依るところが大きくて、そもそも彼は他人を導く者として全然完璧ではないのです。
性格は傲慢で独善的、軽薄な饒舌家のくせに肝心な場面では言葉足らずで誤解を招くトラブルメーカー。その気質が災いして仲間のヒーローたちとは大ゲンカしている真っ最中だし、戦うべき敵(ヴィラン)も全て過去の失態が原因の身から出た錆。しかも、それが導くべき弟子の元にまで飛び火してしまっている。

そんな欠点だらけの彼ですが、それでもトニー・スタークは、アイアンマンは紛れもない一人の立派なヒーローでした。何故なら、他でもない本人が自分の欠点を恥じており、何とか善くありたいと常に苦悩し、行動する事を止めないから。
弟子のスパイダーマン、ピーター・パーカーは、その師の心中を知ってか知らずか、憧れと尊敬を常にトニーへ注ぐ。
演者のトム・ホランド自身の無邪気な人柄がこの上なくベストマッチなその眼差しは、本当にキラキラしてて一点の曇りもない。
だからつい期待に応えたくて、トニーは柄にもなく良い見本としての振る舞いを模索してしまう。
それで、つい嫌いだった父親と同じように口うるさく説教をしてしまって自己嫌悪に陥ったり、地に足の付いた選択を出来るまでに成長したピーターの姿に逆にハッとさせられたり。
その結果、良き隣人として「困った人を助ける」というヒーローの本質を再確認する、彼にとっての小さな救いを確かに得るのです。

弟子だけでなく、師もまた迷い、共に成長する。お互いがお互いを補完し合うように関係性が変化していく様は、まるで親子のようでもあり、とても温かく心地よいものでした。


それで今作『ファー・フロム・ホーム』ですが、判っていた事とはいえ、そんな2人の尊いやりとりがもう見られないという事実がやっぱり寂しい。
代わりにピーターを取り巻く面々のわちゃわちゃ具合が増していましたが、その可笑しさもトニー不在の穴を埋めるには至らず、正直そこはいまひとつ乗り切れませんでした。

ただ、物語自体はすごく面白い。
強く感じたのは「原点回帰」というテーマ。
ピーター・パーカーが、“スパイダーマン”という1人のヒーローとして、ようやくスタート地点に立った。そんな事を確信させる内容だったと思います。

自分を導いてくれる人物の喪失と、託された一つの「大いなる力」。
しかし、自身の幼さゆえからそれに伴う責任を完全には理解出来ず、暴走させた上に重圧に耐え切れず手放してしまう。
そして姿を現すヴィランがまたニクイ。
トニー・スタークに対して因縁を持つ、そして面差しもどこか彼に似た人物が、自分に託されたはずの力と、立っている場所すら曖昧にさせる「幻覚」を使って攻撃を仕掛けてくるのです。
まるで、かつての師の亡霊とも言うべきものと対峙する必要に駆られるピーター。
葛藤の末、自身の未熟さや、未だ心に抱いていた喪失感を振り切り、改めて皆を救うため戦う決心をする。その瞬間、彼は遂に自立したヒーローとしての立場を継承するに至るのです。
スーツを手に取る彼の後ろ姿、かつてのトニー・スタークと瓜二つなその背中をじっと見つめるハッピーの眼差しに、耐え切れず号泣してしまいました。
彼は毎回美味しいところ持っていきすぎだと思う。

そして物語の締めには、ようやく、本当にようやく、NYの街並みを縦横無尽に飛び回る「お馴染みの」スパイダーマンの姿が映し出される。更には、これまたお馴染みのあの人が、まさかの演者も過去作のままに登場するという嬉しすぎるオマケ付き。
そして、そこから新たにスパイダーマン=ピーター・パーカー自身の苦悩が始まっていく。
事ほど左様に、今作は過去幾度となく描かれたスパイダーマンの誕生譚(オリジン)を、MCUの世界観と文法でもって語り直す意図があったのでしょう。
そう考えると、トニー・スタークは、ピーターにとって紛れもない、もう1人のベンおじさんだったのだと改めて気付かされて、これまた胸に込み上げてくるものがあります。

例の離脱騒動を観終わった後に知りましたが、今作の内容を鑑みるに、それはそれでいいタイミングなのでは? とも思う。
せっかく親離れが出来たのだから、この機会に全く別の、MCUの外の世界でも自由に飛び回る彼の姿を存分に描いて欲しい。
もちろん、大いなる責任と共に。
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