ダンシング・ベートーヴェンの作品情報・感想・評価

ダンシング・ベートーヴェン2016年製作の映画)

BEETHOVEN PAR BEJART/Dancing Beethoven

上映日:2017年12月23日

製作国:

上映時間:83分

3.5

あらすじ

スイス、ローザンヌ。『第九交響曲』出演のために過酷な練習に取り組むモーリス・ベジャール・バレエ団のダンサーたち。第二幕のメインをジル・ロマンから任せられた才能豊かなソリスト、カテリーナは踊る喜びに満ち溢れていた。ある日、カテリーナは妊娠が発覚しメインを下ろされてしまう。一方で、お腹の子の父となるオスカーは生まれてくる子のために良き父親になろうとしていた。キャリアが中断されることへの不安と産まれて…

スイス、ローザンヌ。『第九交響曲』出演のために過酷な練習に取り組むモーリス・ベジャール・バレエ団のダンサーたち。第二幕のメインをジル・ロマンから任せられた才能豊かなソリスト、カテリーナは踊る喜びに満ち溢れていた。ある日、カテリーナは妊娠が発覚しメインを下ろされてしまう。一方で、お腹の子の父となるオスカーは生まれてくる子のために良き父親になろうとしていた。キャリアが中断されることへの不安と産まれてくる子供への愛情のあいだで揺れ動くカテリーナ。様々な想いを抱えながらダンサーたちは、東京での第九のステージに挑む。

「ダンシング・ベートーヴェン」に投稿された感想・評価

Kana

Kanaの感想・評価

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モーリス・ベジャール振付、ベートーヴェンの「第九交響曲」。ベジャール亡き後、再演は不可とされていたこの作品が、ローザンヌの「モーリス・ベジャール・バレエ団」と「東京バレエ団」、そしてイスラエルフィル、指揮者ズービン・メーターとのコラボレーションで一大スペクタクルとして蘇る。公演本番までのドキュメンタリー。

天才振付家モーリス・ベジャールの作品を初めて知ったのは、学生の頃に観た映画『愛と哀しみのボレロ』で。

映画のラストシーン、エッフェル塔の下で繰りひろげられるジョルジュ・ドンが踊るベジャール振付のラヴェル『ボレロ』に釘付けになった。この壮大な絵巻物のようなストーリーを、身体一つでここまで表現できることに衝撃を受けた。

そしてベジャールは、ベートーヴェン作曲『第九交響曲』、詩人シーラの「歓喜に寄せて」に描かれている「人類、皆兄弟」を体現するような人類の遺産ともいえる曲に振付けをした。

肌の色、国籍、言葉、個性がそれぞれ違う者同士が舞台上で手を繋ぎ、人生を象徴するような円になって前進する。それは人類愛を超えた人生讃歌だ。

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
聖なる父が住みたもうはず

ベジャール・バレエ団の芸術監督であるジル・ロマンは、劇中のインタビューでこう語る。「人間なんて所詮ちっぽけな存在。ただ己と戦うだけなのです」

ベートーヴェンはこの曲を作った時、既に耳が聴こえなかった。どんな思いでこの曲を書いたのだろう。そしてこのバレエ作品を観たらどんな風に感じるだろう。

映画をナビゲートするジル・ロマンの娘が言う。「たとえ世界を救えなくとも、美は人類に必要」と。美を追求して止まないダンサーたちは、様々なアクシデントやハプニングに苦しみながらも、この世界を体現するために己と戦い続ける。

確かに人間とはちっぽけな存在だけれど、このような作品を産み出すのもまた人間で、やはり人間は偉大なのだと思う。

先に述べた映画『愛と哀しみのボレロ」の冒頭で引用されるアメリカの作家ウィラ・ギャザーの言葉が印象的だ。

「人生には2つか3つの物語しかない
しかしそれは何度も繰り返される
その度ごとに初めてのような残酷さで」

人生とは、永遠に旋回する円の中で、繰り返し繰り返し踊り続けるようなものかもしれない。この円の中で、争いや諍いは避けずにはいられないのだろうか。

もしそうだとしたら、ベートーヴェンがこの曲を通して訴えかけた「誰か一人でも心を通わせる友がいるならば喜ぼう。神の下、喜びを共にしよう」というメッセージを大切にして生きていきたい。
みる

みるの感想・評価

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Ah, I wanted to see it!

この公演、生で観たかったな。監督のメッセージが終始ズレているように感じた。

新作DVDで初めて観ました。
まさしく「踊るベートーベン」!

「このバレエ(作品)は音楽を見る手段。
当時聴覚を失っていたベートーベンがこのバレエを見たら、動きと自分の音楽が一致して見えただろう...」

仏のバレエ振付師、モーリス・ベジャールの「第九交響曲」のリハーサル風景を中心に据えたドキュメンタリー。

私自身、縁あって大学時代に某市民合唱団に参加して「第九」を歌っておりましたが、このようなバレエ・パフォーマンスがあることを知りませんでした。

ベジャール自身は2007年に亡くなられているようですが、彼の遺志を継ぎアギーレ監督が、ベジャール・バレエ団と東京バレエ団が共演した東京公演のリハーサル風景と出演者のインタビューで綴っています。

最初から最後まで、リハーサルとインタビューが、第九のメロディにのせて編集されています。でも全く飽きませんでした。

そして、ベジャール・バレエ団所属の日本人バレリーナ・大貫真幹氏、東京バレエ団所属の吉岡美佳氏のインタビューも含まれています。
お二人のことを全く知らなかってのですが、世界で日本人が活躍されているのを誇らしく思えました。

ラストの十数分は東京公演の実際の模様が映されますが、欲をいえば第4楽章(合唱付き)全体を観てみたいと思いました。

これは、クラシックファンには必見の作品ですよ。
人種のるつぼ
ダンサーの個性と協調・融合
それが私の知るモーリス・ベジャール・二十世紀バレエ団だった

あらゆる民族で成り立つこのバレエ団の群舞はまさにスペクタクル!
圧倒的な集団としての力強さに、個々の妖艶な人の魅力が加わる

その芸術に対峙をすると、いつも身体の底がカーっと熱くなり、自然と涙が溢れて仕方がなかった。

大阪中之島のフェスティバルホール、バレエはチケットが高くって、回数を観に行けない。ただ2階の最後列だけは学生席として3千円で解放されていたので、よくひとりで観に行った。懐かしい…。

スイス、ローザンヌに本拠地を置く現在のバレエ団。ベジャール亡きあと、その想いを継ぐ愛弟子がベジャールバレエ団として存続をしている。

今作は、ベートーベンの『第9』とのヒュージョン

そのテーマは“死と再生”

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ベジャールは円環を好んだ

サークル・円の概念

彼の踊りは、精神世界を描く

つまりは、帰着するのである

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そのバレエが、かのベートーベンと融合する
それも『第9』
昇りつめる前の破壊と甘美

そして第4楽章

人の声や息づかいに身を委ねる演者

人の声で踊るのは気持ちが良いのだそう

そうだろう!そうだろう!

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ダンサーはベジャールの世界を“中毒”と称する

踊るほうも観るほうも酔える幸せ


生のパワーがみなぎる人間の祭典

創世記より人は集い舞ったはず

きっと人間の生来の性なのだ


ラストのサークルに
最後列だから観られる全体構図の美しさを思いだした!
カモメ

カモメの感想・評価

3.9
天才振付師モーリス・ベジャール率いる20世紀バレエ団が踊るベートーヴェンの最高峰楽曲『第九交響曲』の舞台は1978年の公演を最後に途絶えてしまう。再演不可能かと思われた公演だが、東京バレエ団とモーリス・ベジャール・バレエ団の共同制作として蘇る。

パケ借りです。ドキュメンタリーなので練習風景が多め。
しかし、練習風景だけでもかなりの見ものなのが凄く良い。衣装の効果が無い、生身の演技が見られます。
全然バレエの事を知らないので、私は浅いところしか見えて無いんだろうなぁ……と思いつつも、男性が演じる雄大な動きや女性が演じる幻想的で優雅な動きは見ていて楽しいです。

長い練習期間、妊娠する方がいたり、怪我があったり、その方には残念ですがそれが他の人の『チャンス』になるってのは、綺麗な世界のように見えて、やはり勝負の世界なんだなぁと思いました。

作中にもあるように、曲に合わせて振り付けを作ったわけではなく、曲そのものをバレエに具現化させているので『踊りで表現してる』っていう言葉がピッタリな作品でした。
なっこ

なっこの感想・評価

3.0
ベートーヴェンを踊る

音を目に見えるかたちにする、そう言えば簡単に聞こえるけれど、どの音を切り取ってどの動きに合わせて、その動きを連続させていくのか、振り付けていくことは簡単なことじゃない。演奏家並みに音楽を分析して解釈していなくては、クラシック音楽に造詣の深い人を感動させることは出来ないだろう。細かく決められた動きのひとつひとつがまるで楽譜に並んだ音符のように割り当てられて、それを完璧にこなすバレリーナの身体能力の高さに圧倒させられる。あれほど思った通りに動けたなら、怖いものなんて何もなさそうだ。

声に合わせて踊るのが気持ちいいとダンサーが語るシーンが印象的。自分も歌いながら踊るという。クラシックバレエは音楽というより、オーケストラに合わせて、生演奏で、というイメージだったけれど、第九は合唱パートもある、歌手のソロパートに合わせてのびのびと踊る部分を見ながら、なぜか私は人形浄瑠璃を思い出していた。

語りと三味線に合わせて人形を操るのが人形浄瑠璃。声と音と身体。生身の身体と、人間が操る身体の延長としての人形、という違いがあるけれど、このふたつの舞台装置は実はとても似ているのでは、なんて思い始めていた。

それにしても、このインタビュアーの女優さんはなんてリラックスした態度で取材するのだろう、と思っていたら、中盤でその理由が明らかになる。それは、意図的なサプライズだったのかもしれない、この役割はまさに彼女であることに意味があったのねと納得。

だから、彼女が少しかしこまった様子で向き合った文芸評論家の三浦雅士氏の話ぶりはその流暢な英語とともに印象的だった。そして、日本語でどうぞ、と言われた後の放送事故寸前の長い沈黙も見もの。外国人を前にして日本語で話すのは難しいよ、時間をちょうだい、と笑う姿に彼の知性とユーモアを感じた。全体的にインタビューやレッスンの様子をぶつぶつと切って繋げていくやり方は、語る内容が前後して文脈が見えなくなったりして本人の意図したところを全て拾えているのかちょっと不安になる。欲しいワードを拾い上げて好きに繋げているようにも見えてしまうからだ。第九のstoryがどんな風に展開していくのか知っていないと、その展開を自分なりに組み立て直して理解しながら進むこと難しいかもしれない。けれど、ラストの吹っ切れた感じのナビゲーターの語りを聞きながら、ああこの語りの方法も、第九のように、監督の指揮によって奏でられるドキュメンタリーというひとつの音楽であったのかもしれないと思い直した。それぞれの語りを、どのようにまとめ上げるのか、それは監督の自由であって良いはず。

ベジャールの振り付けは、ボレロを見たことがあるけれど、全体として眺める感じで、ダンサーたちの細かい動きまでは見ることがかなわなかった。ポワントの美しい弧や手の指先の表情までもとらえた映像は、間近で見ることのかなわなかったダンサーたちの肉体美をしっかりと堪能させてくれる。でも、やっぱり本物を見ないとね、と思ってしまうから、これはモーリス・ベジャール・バレエ団のちょっと長めのプロモーションビデオだったのかもしれない、なんて思うけれど、本物を見ることは夢のまた夢なので、せめて映画で出会えて良かった、と思うことにした。
Mai

Maiの感想・評価

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No.117 /4000
Ducal

Ducalの感想・評価

4.0
鑑賞後、第9交響曲に改めて没頭。
通勤の徒歩区間は往復で一曲聴いてます。
バレエには明るくないのですが、それ故に人間の体の美しさを改めて知れた気がします。
音楽は三楽章が好きですが、表現としては二楽章が印象的でした。
Hirokog

Hirokogの感想・評価

3.1
バレエのドキュメントなら、
エトワールの方がずっと好きでした。

でも、かわいい女の子がいっぱい。
美しいバレエダンサーの
振り付けが、
たまにおもしろくて困りました。
そら

そらの感想・評価

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身体ひとつで なんであんなに美しい動き方ができるんだろ?音楽からイメージする振り付けも。

多様性についても考えさせられた。人種により、人により、骨格も肌の色も違う。そこんとこも横並びの練習シーンを見るとよくわかる。

最後のステージは皆それぞれ生き生きと力強く輝いてた。もっと見ていたかった。
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