MasaichiYaguchi

モリのいる場所のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

モリのいる場所(2018年製作の映画)
3.6
山崎努さんと樹木希林さんが初共演した沖田修一監督の最新作は、「画壇の仙人」と呼ばれた熊谷守一夫妻のある一日を描いている。
一日だけのドラマとはいえ、そこでは熊谷守一の人生や芸術家としての気質が凝縮されていて、笑いを交えて阿吽の呼吸の夫婦生活が浮き彫りにされていく。
ただ本作は、熊谷守一の作品やその人となりをある程度知らないと、偏屈な老芸術家夫妻のドラマとしか映らないかもしれない。
映画では、熊谷守一のエピソードが一言二言の台詞やあっさりとしたシークエンスで紹介されているが、この孤高の画家の半生を知っていると、その背景や込められた感情が見えてくる。
熊谷守一の来歴を簡単に紹介すると、岐阜県恵那郡付知に生まれ、生家は紡績業で成功して裕福で、父は後に衆議院議員になっている。
彼は若い頃から絵描きを志し、慶應義塾入学、中退を経て東京美術学校に進む。
その後、二科展に作品を出展し続けて、日本画壇において大家となっていく。
本作で樹木希林さん演じる妻・秀子とは大正11年に結婚して5人の子に恵まれるが、当時、熊谷家は赤貧で、時をおいて3人の子を失ってしまう。
彼の子を失った悲しみや失意が溢れた「陽の死んだ日」という、大原美術館蔵の代表作もある。
沖田修一監督林は、そのような人生を歩んだ日本の美の巨匠をユーモアや夫婦愛を交え、親しみと温もりを持って描き出している。
そして、山崎努さんと樹木希林さんが初共演とは思えない程、息ぴったりの自然体で監督の思いを汲んで表現していく。
この作品は、熊谷守一という芸術家の入門編であるのと同時に、晩年の人生の在り方を一組の夫婦の姿を通して描いていると思う。