風の旅人

モリのいる場所の風の旅人のレビュー・感想・評価

モリのいる場所(2018年製作の映画)
4.2
30年間(!)自宅から出ず(実はたまに外出している)、庭を観察しつづける超俗の画家熊谷守一の晩年の1日を描いた作品。
熊谷守一については寡聞にして存じ上げなかったが、そんなことは別段問題にならないほど面白かった。

守一(山崎努)は妻の秀子(樹木希林)と仲睦まじく暮らしているが、守一が有名人のため見知らぬ訪問客が絶えない。
この辺り、アロノフスキー監督の『マザー!』と似ている。
しかし同じ有名人でも、あちらの訪問客は暴力的で危害を加える存在であるのに対し、こちらの訪問客は仲睦まじい家族のような親和性がある。
この差異の根底には、物語全体を貫く西洋のキリスト教的世界観と東洋の仏教的世界観がある。
両者を時間意識の観点から見てみると、前者は「線」で表象される過去→現在→未来へと繋がる時間(そこには始まりがあり、終わりがある)、後者はどこを切り取っても「現在」である時間(そこには始まりもなければ、終わりもない)だと言える。
『モリのいる場所』はジャームッシュ監督の『パターソン』の系譜に連なる。

守一にとって庭は小宇宙であり、そこには様々な生物が棲み、同じようでいて日々違う顔を見せる。
守一はルーティンのように庭を散策する。
守一と秀子が過ごした時間は、この家に積み重なり記憶されている。
壊れた時計が象徴するように、ここでは時間は「流れない」。
西洋的な進歩史観から最も遠い場所である。