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さびしんぼうのYOUのレビュー・感想・評価

さびしんぼう(1985年製作の映画)
4.0
大林宣彦が監督・共同脚本を務めた、1985年公開の青春ファンタジー。
『転校生』『時をかける少女』に次いで大林監督が自身の故郷・尾道を舞台とした「尾道三部作」の完結編となる本作は、”さびしんぼう”と名乗る謎の少女との交流を通して主人公ヒロキの甘酸っぱい青春や成長が描かれます。前半部ではヒロキを含む男子校生3人組の日常がコメディタッチで語られていますが、ここでしつこく繰り返されるギャグとその前時代的センスに関しては昔の特撮作品などでそれなりに耐性がある自分ですらかなりキツいというかしんどいというか… この時代感も込みで決して詰まらなくはないのですが、とにかくしつこいしクドい!(笑)ただ本作が『時かけ』に勝るとも劣らない名作として今なお語り継がれているのは何より後半から畳み掛けるように繰り出される数々の「揺れ動き」だと思います。母親に対する鬱陶しさ、恥ずかしさ、ありがたさ、申し訳なさ、また異性との初恋と失恋、友達同士での見栄や冷やかし合い、これらは全て「思春期」以外の何ものでもなく、観客全員にもその頃の感覚や体験性を思い出させるように描かれています。その為本作は全編がかなりノスタルジックに語られる上に大林監督の自伝的側面が色濃い一作としても知られていますが、それでもこの作品が単なるノスタルジー、「あの頃は良かったなぁ」的な外野にとっては心底どうでもいい作品に終わっていないのは、「誰にだって思春期はある」というところにまでタッチしているからだと思います。それは当然自分の両親にも言えることです。現に私はヒロキくんと同じように「親は”親”という揺るぎようのない存在」として認識していましたが、彼らもまた自分と同じように異性を好きになったり、友達とバカな話で笑ったり、親に反抗したりという思春期を経て今に至っているのだという、当たり前だけど実感の無い”人間的サイクルの普遍性”をまざまざと実感させられます。だからこそ個人的には本作屈指の名シーンとして名高い”あの切ないラスト”からエンディングにかける一連の流れに関しても、「母親が自分に捧げてくれた愛を、自分もまた将来のパートナーや生まれてきた子供に捧げていく、”大人としての自立と次世代への継承”のプロセスこそが最大の親孝行であり生きる喜びなんだ」という実にポジティブかつ普遍的なメッセージが内包されていると思います。

正直本作は「尾道三部作」の中でも特に好き嫌いがハッキリ分かれる一作だと思います。ヒロキくんと母・タツ子との日頃の関係性にも少し違和感はありますし、例のラストシーンもはっきり言ってかなり際どく、大惨事スレスレのラインをギリギリ渡り切ったような感じです。ただこのシーンにおける「人を恋することはとっても寂しいから、だから私はさびしんぼう」というセリフが本作で描かれる”思春期”を象徴していると思います。これはもちろんヒロキが抱く橘百合子への初々しく甘酸っぱい恋愛感情を言い表してもいますが、同時にこのセリフは「母親が望むように息子が逞しく成長すればする程、息子はどんどん母親から離れていってしまう」という”親離れする年頃としての思春期”のことでもあります(ここでの”恋”という言葉があのラストに拍車をかけ更に近親相姦を連想させてしまいますが、あくまで自分は”恋”と呼べる程に大きな”愛”という風に受け取りました…)。その為自分は本作を親の立場で観るとどういう捉え方をするのかにも興味が湧いてきました。いつか自分も親になるなんてことがあれば、その時にはまた新鮮な気持ちで観直してみようかと思います。ショパンが耳から離れねぇ。
















































































































公開当時の”さびしんぼう”がフィーチャーされているタイプのポスター、やっぱり改めて真正面から見ると呪怨っぽくて若干怖い。
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