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ほえる犬は噛まないのつのつののレビュー・感想・評価

ほえる犬は噛まない(2000年製作の映画)
4.2
【ポンジュノの奇怪さが濃縮されたデビュー作】
デビュー作にはその監督の全てが詰まっているというジンクスは本作にもピタリと当てはまる。
本作は明らかに変わった映画だ。
笑い、興奮、感動、恐怖、悪趣味、苦味がいっしょくたに投入され煮詰められた鍋のような作品。
観客は悪趣味な展開に引きつり笑いを起こしたかと思えば次の瞬間には、黒沢清映画に匹敵するほどの不気味さに満ち満ちた暗闇に慄く。
ほとんどのポンジュノ映画に共通するこのようなジャンル横断側面に乗れるか乗れないかによって作品への評価は変わるのかもしれないが、それでもポンジュノの語り口がオーソドックスに巧みなのもたしかだ。
場面ごとの空間の切り取り方の鮮烈なことよ。
路上に広がるトイレットペーパーに画面を覆い尽くす消毒薬の煙、夫婦間の決定的な亀裂を示す割れたガラスといった印象的なイメージを沢山残すという点を一つとってみても、ポンジュノの才能は並々ならぬものだ。
それ以外にもボイラー室の壁までの距離感が醸し出す不穏さ
タイトルが出る瞬間の気持ち良さなどから分かるようにポンジュノは「映画的リズム」を完全にものにしている。
しかもそれをデビュー作でここまで披露しているのだから大した男だ。
デビュー作でここまで完成度が高くそれでいてシニカルな作品を取ってしまうなんて鼻に付くという人もいるかもしれない。
しかしポンジュノはそんな欠点すら打ち砕くチャーミングさまで映画に用意してしまっている。
ポンジュノ映画は綺麗事だけでは収まらない人間の業を描く要素が魅力の一つなのは間違いないけれど、それはシニカルで意地悪なものに留まらない。
賄賂を渡しに行く前にほんの少しの慈善を働くダメ男の描写や
電車の中で眠りにつく妹の髪を優しく直してあげる姉の描写を丁寧に紡ぐあたりにポンジュノの人間というものへの多面的に見つめる姿勢がはっきりと現れている。
もちろんペドゥナをちゃんと可愛く撮ってくれてるのもイイ!

だが本作において最も印象的でなおかつチャーミングなシーンを一つ挙げろと言われたら僕は迷わず中盤の追いかけっこシーンを挙げたい。
ほのぼのとしたオフビートな会話劇が、思わず声を上げてしまうような決定的なワンシーンが捉えられた瞬間を境に、異様にパワフルでスリリングな追跡劇に変化する高揚感と言ったらない。
そのテンションを持続するために手持ちカメラ、望遠レンズ、スローモーションといった手法を駆使しているのもクレバーだし、何より団地で女学生と中年男が追いかけっこするという状況をここまで映画的に盛り上げる作り手のこだわりには、自主制作映画を見ているかのようなチャーミングさが備わっている。

そして真に驚くべきことは、圧倒的な映画の完成度と愛らしさが恐ろしく歪に同居している本作のバランスが、ポンジュノの後の作品群にもそのまま残り続けていることかもしれない。
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