MasaichiYaguchi

迫り来る嵐のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

迫り来る嵐(2017年製作の映画)
3.8
1990年代から2000年代にかけての中国は経済成長が10%前後と高度成長期にあたり、その間に香港が中国に返還されてもいる。
本作の舞台は香港返還が間近に迫った1997年、古い国営製鋼所がある小さな町で起きた連続女性殺人事件を巡るサスペンスノワール物。
主人公のユィ・グオウェイはこの国営製鋼所の保安部の警備員で、所内で発生する不正や犯罪に対応している。
そのユィが工場近くで起きた女性の連続殺人事件に刑事気取りで首を突っ込んだことから彼の人生の歯車が狂い出していく。
生き甲斐が無ければ人生つまらないと感じてしまうと思うが、仕事を持つ人なら働き甲斐が無ければ〝張り〟が感じられず、砂を噛むような日々を送るようなことになってしまう。
この作品は激動する社会に取り残されまいとしたアイデンティティクライシスに囚われた男の悲劇を描いたものだと思う。
自分の仕事に対する矜持、自尊心や誇り、そんなものに執着していないと嘯いている人に限って本音はどうなのか?
だけど時代や置かれた状況が変われば、自分が大切に抱えていた価値は様変わりし、場合によっては霧散する。
本作には、それを象徴的に描いた衝撃シーンが終盤に登場する。
自分が描いた自分像や「こうあるべきだ」ということが通らなくなった時、そこで立ち止まって現実と向き合えるかどうかが運命の分かれ道のような気がする。
英語タイトル〝The Looming Storm〟の直訳は邦題の「迫り来る嵐」となるが、原題〝暴雪将至〟は、大寒波到来前を意味する。
「アリとキリギリス」ではないが、来るべき身も凍るような冬の到来に向き合わず、理想に溺れたキリギリスのような主人公の姿を通して、時代に取り残された哀愁や切なさが観る者の心に降り積もっていく。