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迫り来る嵐のかずシネマのレビュー・感想・評価

迫り来る嵐(2017年製作の映画)
3.6
1度観ただけでは掴みきれなかったので、その後すぐに分からなかったシーンを中心にもう1周した。

で、少し掴めた気がする。
事件の行方を見守る様なミステリーとかサスペンスって事だけではなく、主人公の身に起こった話って事だけでもない、
これは【中国(の人)そのものの話】でもあったんだな、と。
というか、そっちの側面が強い。
もしかしたら…ミステリーやクライムサスペンスの作品だとは「思わない方が良いかも」しれない。
「表面上はそれらのジャンルを借りた(借りざるを得なかった)作品だが、何か別種のもの」と思った方が、より興味深く鑑賞できるのは間違いないと思う。

そして2周目で初めて伏線になる画面が結構散らばっていた事にも気づいた。


自分の苗字の漢字を尋ねられての返答が「余は、余分の余」…。

メインストーリーは1997年。
97年は香港返還の年。
大きな工場のある、郊外の小さめの町が舞台。
工場萌えの身としては、思いもよらずになかなかに渋くてカッコイイ画が鑑賞できて良かった。

作品の陰鬱とした雰囲気はとても良いし、結構好み。
少なくとも、このページに表示されているポスターか円盤ジャケットの画像から受ける印象よりは、誰が観ても(この手のジャンルの作品としての)雰囲気は良いと感じるはず。
だけど若干ストーリーよりも画が先行されている感じはする。
そもそも一般人が殺人事件に首ツッコむなよ…とは言いたくなるw
一般人でああいう事が許されるのは工藤新一とか金田一一とかその他の高校生探偵くらいやで。
暗喩する為とは言え、展開に少々の強引さは感じる。

多分主人公は最初から全能感とか自己顕示欲とか成功とか、何かその類のものに取り憑かれていたのだと思う。
彼女を囮に使う等、段々とエスカレートしている自分にも気づかないし。
事件に関するオチも含め、「あの頃の自分は一体何に取り憑かれていたのだろうか…自分は何だったのだろうか…」と主人公が感じているだろう後味は悪くはなかった。

唐突に出て来た寒波の文章にしろ、その場面のバスにしろ、工場爆破にしろ、あの後味にしろ、本編とは直接は無関係な事件にしろ、引っ掛かりを持たせた他の描写にしろ、97年と08年との画面の違いにしろ、…
これらは先に記載した通り、中国で暮らす人々そのものの表現だったのと思う。
あれらが何を言わんとするのか。
あれらを肌感覚できちんと理解できるのは、多分中国の方だけではないかと思う。
自分は察する事しかできない。

そしてそういう捉え方をしなくとも、
「あの頃の自分は視野狭窄で、今思えばちょっとどうなのか…」
とか
「何日もかけて企画していた仕事が会社都合で立ち消えになってしまった、あの時間は何だったのか…」
くらいの事なら、思った事や経験した事がある人も多いと思うので、そういう普遍的な事へも落とし込めると思う。

「兵どもが夢の跡」の様な無常な様子。


先述した様に「あれ?」と引っ掛かりを持たせるシーンはかなり多い。
1番最初に2周したと記載したんだが、いくつかあった「分からないシーン」は分からないままだった。
ダンスホールの女性が笑うシーンとか。
と言うか、自分はあの女性が彼女さんなのかと、この笑うシーンが出るまで勘違いしていた。
でもそういう分からないシーンは、この作品では結論を出さずに分からないまま抽象的に、感覚的に捉えたままで良いのだと思う。

彩度が落とされた少し暗めの画面や、先に記載した通り雰囲気が良かった。
カメラワークも雰囲気に合わせて凝っていたと思う。
よく降る雨も効果的で、雨の中、半分外な場所(テラス席って感じではない)での食事シーンも印象的。
古い建物(集合住宅)や、彼女が床屋をオープンさせた街も味があって好き。
あの街の、1本入ったら真っ暗な感じ…1人で歩くのは危ない感じ…ええな。
彼女の部屋のあの雑多な感じもいいな。

主役のドアン・イーホンは山崎育三郎に少しだけ堺雅人を足して、更に若干疲れさせた様な顔だなぁと思った。
なかなかイケオジ。役柄的にはそれを覆い隠してるけれどね。
彼女さん役のジャン・イーイェンも綺麗だったなぁ。
アンニュイな雰囲気の演技が良かった。
中国の女優さんて綺麗な方が本当に多いよね。
そして少々疲れてしまっている警部さん役のトゥ・ユアンの演技がとても良かった。
仮にこの作品がアメリカ製作アメリカ人キャストだったとすればモーガン・フリーマンが演ってそうな役。
雰囲気に重みが出る。

97年から北京五輪のあった2008年までの10年と少しで、中国はかなり様変わりした印象を持っている。
2008年から現在までもそう。
外からでもそう思うのだから、実際に暮らしている人にとっては目まぐるしい時代だったと思う。

監督はこの作品が長編デビュー作だという事で。処女作でこの仕上がりは凄いわ…。
次の作品も楽しみにしたい。
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