クドゥー

リズと青い鳥のクドゥーのレビュー・感想・評価

リズと青い鳥(2018年製作の映画)
5.0
『ずっとずっと側にいて、私はあなたと共にありたい』

映画館でリズを観る。

次の上映が決まったが最後、神聖な儀式に臨む緊張感と最後の足音まで付き合わなければならない。
今まで経験した作品総てをを過去にしてから三年経って人生最多の50回を超える鑑賞を迎えても、それは全く変わらなかった。
リズは特別で、リズだけが特別な、映画史上最高傑作。

映画史上最高傑作と同時に本作は全国大会金賞を目指す高校吹奏楽部の青春群像劇、「響け!ユーフォニアム」の続編でありスピンオフでもある。
描かれるのはオーボエ鎧塚みぞれとフルート傘木希美を巡る物語だが、みぞれにとって独りぼっちの自分に声をかけてくれた希美は世界の全てだった。
そんな二人の関係を台詞一つ入れることなく描いた登校シーンに開始3分で号泣するが、初めて経験する人でも誰かが誰かを想う気持ちに心惹かれる。

しかし、音楽室に辿り着いた二人を示すのはdisjoint=互いに素の文字であり、ピッチの合わない演奏が穏やかなひとときに不穏な予感を抱かせる。
みぞれが大切にする二人きりの時間は他の生徒の登校であっさりと終わりを告げ、希美はみぞれだけの希美ではなくなってしまう。
ありふれた部活風景に対し世界の意味そのものを失ってしまったようなみぞれの表情に、映画とは何をではなく如何に描くかだと感じさせられる。

フルートパートのメンバーと和気あいあいと過ごす希美と二人きりの時間の余韻に浸っているみぞれを対比し、物語は彼女が受けとった絵本の世界へと入っていく。
絵本の世界プロローグが本作におけるファーストシーンであるが、登校シーンよりも前に置くことによって物語をより普遍的なものと捉えることができる。
独りぼっちだったリズのところに、青い鳥が女の子の姿になってやってくるというのは、この時点では中学時代のみぞれに声をかけた希美のメタファーに他ならない。

みぞれがリズで希美が青い鳥という関係を元にみぞれが感じる寂しさを表面的には淡々と、しかし静かなる激情そのものを慈しむように描いていく。
そんな中でも「reflexion,allegretto,you」という一曲に彩られたワンシーン、多くは語らないがこの70秒に人が生まれてきた意味のすべてが詰まっている。
観客はみぞれの感情を充分体験したというのに、リズと青い少女を巡る絵本の世界が音にして言葉にして確かめさせる。

世界の外側からやって来た「大人」という来訪者・・・顧問の滝先生の友人で木管楽器の指導者である新山先生からみぞれが音大を勧められたことで物語は動き出す。
その戻り道で出会った二人の何気ない会話の中で、同じ木管奏者であるにもかかわらずみぞれだけに音大の話が来たことを知り希美の心は動揺する。
一年生の時から芽生えていた感情の種、みぞれには自分にはない音楽の才能があるという現実と希美は対峙していくことになる。

みぞれと希美に吹奏楽部の部長・優子と副部長・夏紀を加えた四人が、音楽室で部活の方針について話し合っている。
みぞれが淡々と弾いているピアノの旋律は彼女が幼少期から音楽の教育を受けてきたことを彷彿とさせ、希美のコンプレックスを刺激する。
希美は二人にみぞれが音大を受験しようとしていることを話し、それに乗じて自分が受験した場合の反応を見てみようとする。

みぞれの時のように「すごい」と言ってもらえないことに希美は傷ついてしまうが、みぞれは希美が受けるから自分も受けると言う。
自分を持たないみぞれを優子は心配し不穏な空気を感じ取る夏紀は週末のお祭りに話題を変えるが、動き出した歯車は止まらない。
希美がみぞれをお祭りに誘うとみぞれは希美と二人きりを期待するが、希美は二人も誘うことで自分が輪の中心にいることを確かめる。

希美のみぞれには自分しかいないという無自覚な依存心は、みぞれを見つめる新たな来訪者によって脆くも崩れ去ってしまう。
同じオーボエ奏者であるみぞれに憧れ仲良くなりたいとアプローチする一年生の後輩梨々花が、みぞれとの距離を少しずつ縮めていく。
みぞれが心を開くきっかけとなるのは「(希美先輩と)仲良しなんですね」という言葉、希美があげた青い羽がみぞれを希美だけの存在から遠ざけていく。

いつしかみぞれは梨々花にオーボエのリードの作り方を教えると約束するまでになって、梨々花は満面の笑みで応える。
みぞれが笑顔に応えようとすると顔を伏した梨々花が、一緒にコンクールに出たかったとオーデションに落ちた悔しさを表明する。
自分のために涙を見せる後輩に心が動いてその余韻の中にあるのか、いつもなら近づくだけで分かる希美の足音にも気づかない。

プールに誘った希美に返ってきたのは「他の子も誘っていい?」というみぞれの言葉、前を横切る生徒の足音が現実を突きつける。
プールに行った後日梨々花はみぞれにその写真を送る、「大好きです」という二人がずっと言えなかった言葉を添えて。
夕焼けに響くみぞれと梨々花のオーボエの互いを慈しみ合うような優しい旋律の重なりが、希美の心に微かな影を落とす。

オーボエの重奏とは対照的にオーボエとフルートの音はすれ違い、二人の今の関係性を象徴しているかのようである。
希美は練習後廊下を歩く新山に勇気を出して音大のことを話してみるが、いかにも社交辞令的なエールが返ってくるだけである。
みぞれへの嫉妬の感情を募らせた希美は新山から指導を受けているみぞれが、こっそり振ってきた手を無視してしまう。

不穏に感じたみぞれは「大好きのハグをしてくれる?」と尋ねるが、希美はぞっとするぐらい優しくそれを拒絶する。
みぞれを除いた希美・夏紀・優子の三人での会話の中で二人のソロの掛け合いが話題となるが、希美は本番までになんとかすると言うだけである。
そんな中で「みぞれ先輩の本気の音が聞きたい」と主張していたトランペット奏者で吹奏楽部のエース麗奈が、ユーフォニアム奏者でシリーズ本編の主人公久美子とのソロパートの伸びやかな掛け合いを披露する。

演奏を聴いた希美は自分は本当に音大に行きたいのかと自問し、普通大学に行った方がいいのではないかと自答する。
みぞれを案じる優子と希美の葛藤を見てきた夏紀は互いの立場を理解しながらも、互いを思いやるがゆえに衝突してしまう。
同くソロパートに悩むみぞれが新山に相談しているが、どんな気持ちで吹いているのかという問いに対しリズの取った行動について答えてしまう。

悩むみぞれに対し大人の象徴である結婚指輪を光らせた新山は、まるで魔女が少女に入れ知恵をするかのように問いかける。
「もし鎧塚さんが青い鳥だったら?」の一言に、みぞれは自分が空高く飛び立つことこそが希美の願いなのだと解釈する。
一方でみぞれがリズで自分が青い鳥だと思っていた希美も今は自分がリズでみぞれが青い鳥だと解釈し、二人の思いは重なることとなる。

夕焼けの中で希美は独りでみぞれという才能を鳥籠の中から放つ役割を、どうして神様は自分に課したのだろうかと黄昏れる。
次の合奏練習でみぞれは滝に「第三楽章を通しでやってもいいですか?」と尋ねて、希美はみぞれの才能に執行されることを予感する。
昨日までとは別人のようなオーボエの音色・・・希美のためのすさまじい演奏に希美の心は揺らぎ、練習中にもかかわらず俯き涙を流してしまう。

どこまでも羽ばくようなオーボエソロが奏でられ地獄のような合奏練習は終了し、みぞれの元には感動した部員たちが集まってくる。
浴びせられる賞賛も心半分にみぞれは希美の姿を探し、自分がいつも独りでいる理科準備室で見つける。
様子がおかしいことに気がついたみぞれは「泣いているの」と声をかけるが、希美はその涙を否定する。

みぞれは希美を撫でようとするが「いままで手加減してたんだね」という言葉、感情の種が花開き繰り出される嫉妬心がそれを阻む。
いくら言葉を重ねてもみぞれにとって音楽は希美に従属するものにすぎないため、音楽を理由に自らを卑下する意味がわかならい。
しかし希美の「普通の人だから」という言葉に対して、みぞれは「そんなことない」と即座に反論する。

みんなの中心となり引っ張っていく希美を特別だとするみぞれと、音楽の才能があって努力をし続けるみぞれを特別だとする希美の互いが互いの才能をうらやむがゆえのすれ違い。
「希美がいるから、オーボエだって頑張った・・・希美といられればなんだっていい!」みぞれの愛情が音楽を愛する希美を困惑させ、完膚なきまでに傷つける。
「何でそんなに言ってくれるのかわからない」と答える希美をみぞれの大好きのハグが包み込んで、希美は振りほどきたい気持ちを懸命に堪える。

「希美の足音が好き、笑い声が好き、話しかたが好き、髪が好き・・・希美の、希美の全部」みぞれの告白に、希美から告げるたった一言「みぞれのオーボエが好き」
一番欲しい言葉を一番欲しい人からもらえなかった現実を前にして、希美は憑き物が取れたようにカラっと笑い大好きのハグを優しく解く。
荷物を取りに行くといって一人歩く廊下で希美はみぞれに初めて声をかけた日を思い出し、今の自分と折り合いをつけるように息を吐く。

希美が息を吐いた廊下から二羽の白い鳥が重なるようにして飛んでいく、彼女たちの未来はまだまだ白紙であると告げているように。
少しの時間が経って図書委員から本の返却期限について咎められるみぞれ、その横からひょっこり現れた希美が参考書を借りていく。
二人は顔を見合わせるとそれぞれの道を反対方向に歩き出す、希美は図書館での受験勉強へみぞれは独りきりの音楽室へ。

冒頭の登校シーンを彷彿とさせる音楽が奏られる中校門でみぞれを待つ希美の姿、息を吐いて完結した成長譚のボーナスステージが始まる。
みぞれが希美を引っ張るように校門を出る足元に、学校という鳥籠から飛び立つ鳥たちの姿を・・・永遠に同じままではいられない現実を再認識する。
再び先を歩く希美は立ち止まり「みぞれのソロ、完璧に支えるから。ちょっと待ってて」と言う、「完璧に」という言葉に彼女の誇りが詰まっている。

「私も、オーボエ続ける」その返しは希美の望んだものではないが、自らの感情と向き合うことを決意した彼女なら大丈夫だと、今はそう信じられる。
「本番、頑張ろう!」根底にある思いはすれ違ったままでも同じ目標に向けて歩き出す二人、みぞれはハッピーアイスクリームを宣言する。
その意味を知らない希美は一緒に食べに行く甘いものはアイスに決まりだと言い、みぞれを希美にしか見せない笑顔にする。

ピッチの合わない演奏のようにテンポの合わない二人の足音が響く中、最後の最後に奇跡が起きる。
二人の足音がぴったり一致した瞬間に希美はみぞれの方を振り向き、みぞれは驚いた表情を見せる。
この時の希美はどんな表情をしていたのかを知っているのはこの世界でただ一人、みぞれだけである。

この物語の素晴らしいところは友情が思っていたものと違っているというジレンマに対して、愛情が乗り越えることができるかを試していることにある。
それは人が人として生きる以上絶対に避けられない問いであり、提示された解答はこの上なく希望に満ちたものとなっている。
自らの誇りを取り戻す情熱と自分を慕ってくれる友への親愛、そのどちらかを選ぶのではなく共存する道を掴み取る。

原作小説では希美とみぞれが互いに抱く葛藤が、久美子を中心とした群像劇の一部として構成されている。
日常に壮絶なドラマを切り込む吉田玲子の脚本は様々な時間と場所で展開する心の旅を、「学校」という鳥籠の中だけに閉じ込めた。
徹底的に現実を叩きつけられてもなお道を探し出す少女たちの儚さと強さと愛しさに、ほんの少しの歩み寄りが足されている。

原作では行間の中にそっと閉じ込められた歩み寄りは、劇場版の製作者たちがこの物語へと向けた願いのように感じ少女たちへの真摯な想いが伝わってくる。
本人たちですら無自覚な仕草や表情を覗き見る背徳感、ふとした瞬間に自らの身体が涙を流すだけの器官となる壮絶な映画体験。
この作品に出会えただけでも自分の人生に意味はある、映画に対する最大限の賛辞をもって一度締めくくろう。



鑑賞記録(2019年8月から)
2019.08.11
塚口サンサン劇場4静寂上映
→波乱の第二楽章の映像体験として誓いからリズの流れで臨んだ結果、初めてこの作品をスピンオフと認識することになる・・・本当に体験してみるまでどんな感情が待っているのかわからない。

2019.08.27
EJアニメシアター新宿1
→35回目にして初めて人と一緒に観るリズは、舞台挨拶でも静寂上映でもなく予測可能性を超える瞬間と出会うための原始のリズ・・・ひたむきに作品をつくってきたスタッフを想い涙を流す、母の横顔が忘れられない。

2019.09.05
新宿ピカデリー1
→声にならない声を掬い上げ包み込んでいく魂の賛歌、儚くも優しい眼差しの中ですべての一瞬が心に刻まれていく・・・全員の生きた証として。

2019.12.30
チネチッタ川崎LIVEZOUND×RGBレーザー
→上映を重ねるごとに角が取れ進化する映画館のリズは京アニロゴから優しくされて泣いてしまうが、音の距離というポテンシャルを最大限に発揮し心のアクションを盛り上げる、研ぎ澄まされたサントラの表現力はオールタイムベスト級。

2020.02.16
ユジク阿佐ヶ谷
→原作第二楽章で遂げられなかった想いが昇華する本作をしてもう少し報われてほしい、ヴァイオレット外伝との「愛ゆえの決断二部作」の体験によって、全く違った経験になることも知らずにいた。

2020.03.19
Blu-ray 日本語字幕
→一人暮らしの静寂の中と家族の生活音の中で緊張感の性質が変わる、遠くから聞こえてくる電車の音が劇伴に溶け込んできたり、劇場でなくても環境によって違った体感となるのが素敵。

2020.06.20
チネチッタ川崎LIVEZOUND×RGBレーザー
→サウンドレボリューションから調整に変化があったのかいよいよ素人耳には分からなくなってきたが、劇伴を分解して空間ごと心的距離を生み出す音場、浮かんでは消え浮かんでは消えて物語の流れというものは不確かになる。

2020.07.04
TOHOシネマズ池袋6PREMIUMTHEATER
→「reflexion,allegretto,you」で始まる水槽の消え方、月が生まれた時の第三楽章の儚さ。自然に生まれた緊張のある劇場で、最大限のポテンシャルが発揮されれば、どんな流れにあってもぜんぶ持っていってしまう・・・これが今年度ベストリズ。

2020.07.18
dアニメストア
→どこまでも高く遠い「映画」から「動画」になることで、青春の煌めきの記録者であったような新感覚リズ。自分の手には余るだろうと思っていたが、掴んだその手を優しく包み込んでくれる。それでもキャラクターたちのために作品はあり続ける。

2021.01.08
塚口サンサン劇場4特別音響上映
→みぞれが覚醒したのは第三楽章の通しなのだろうか。ディスコミニケーションの権化であった彼女が、無自覚な才能を露わにした上での愛の告白。諦観を含むとしても「あなたのオーボエが好き」だと言ってのける希美の強さにヒュッてなる。

2022.02.04
DVD
→下北沢トリウッドへ行けなかったことによる代償行為リズ。今の有機ELテレビに替えてからDVDは初めてだけど、寄りのカットでの解像度の揺らぎが映画館とは違った味わいをもたらす。結局、劇場でめっちゃ観たくなってしまった最後を僕は最初から知っていた。

2023.07.31
NETFLIX 録音台本ヒアリング
→青春18きっぷで豊橋から揺られるお供に。
クドゥー

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