クドゥー

リズと青い鳥のクドゥーのレビュー・感想・評価

リズと青い鳥(2018年製作の映画)
5.0
「ずっとずっと、共にありたい」

映画館でリズを観る。

次の上映が決まったが最後、神聖な儀式に臨むかのごとき緊張感と、最後の足音まで付き合わなければならない。
今まで経験した作品すべてを過去にしてから一年が経って、人生最多の35回目の劇場鑑賞を迎えても、それは全く変わらなかった。
リズは特別で、リズだけが特別な、映画史上の最高傑作。

映画史上最高傑作と同時に、本作は全国大会金賞を目指す高校吹奏楽部の青春群像劇、テレビアニメ「響け!ユーフォニアム」の続編でありスピンオフでもある。
本作はオーボエの鎧塚みぞれとフルートの傘木希美を巡る物語だが、みぞれにとって独りぼっちの自分に声をかけてくれた希美は、世界の全てだった。
そんな二人の関係を台詞一つ入れることなく描いた登校シーンに、シリーズを経験してきた人なら開始3分で号泣し、初めて経験する人でも誰かが誰かを想う気持ちに心惹かれる。

しかし、音楽室に辿り着いた二人を示すのはdisjoint=互いに素の文字、ピッチの合わない演奏が穏やかなひとときに不穏な予感を抱かせる。
みぞれが大切にする二人きりの時間は、他の生徒の登校であっさりと終わりを告げ、希美はみぞれだけの希美ではなくなってしまう。
ありふれた部活風景に対して、世界の意味そのものを失ってしまったようなみぞれの表情に、映画とは何をではなく如何に描くかだと感じさせられる。

フルートパートのメンバーと和気あいあいと過ごす希美と、二人きりの時間の余韻に浸っているみぞれを対比し、物語は彼女が受けとった絵本の世界へと入っていく。
絵本のプロローグが本作におけるファーストシーンであるが、登校シーンよりも前に置くことにより、物語をより普遍的なものと捉えることができる。
独りぼっちだったリズのところに、青い鳥が女の子の姿になってやってくるというのは、この時点では中学時代のみぞれに声をかけた希美のメタファーに他ならない。

みぞれがリズで希美が青い鳥という関係性、みぞれが感じる寂しさを表面的には淡々と、しかし静かな激情そのものを慈しむように描いていく。
そんな中で「reflexion,allegretto,you」という一曲に彩られたワンシーン・・・多くは語らないがこの70秒に、人が生まれてきた意味のすべてが詰まっている。
観客はみぞれの感情を充分に体験したというのに、リズと青い少女を巡る絵本の世界が音にして言葉にして、象徴的に確かめさせる。

世界の外側からやって来た「大人」という来訪者、顧問の滝先生の友人で木管楽器の指導者である新山先生から、みぞれが音大を勧められたことで物語は動き出す。
その戻り道で出会った二人の何気ない会話の中で、同じ木管奏者であるにも関わらずみぞれだけに音大の話が来たことを知り、希美の心は動揺する。
一年生の時から芽生えていた感情の種、みぞれには自分にはない音楽の才能があるという事実と、希美は対峙していくことになる。

みぞれと希美に、吹奏楽部の部長・優子と副部長・夏紀を加えた四人が、音楽室で部活の方針について話し合っている。
手持ち無沙汰なみぞれが弾いているピアノの旋律は、彼女が幼少期から音楽の教育を受けてきたことを彷彿とさせ、希美のコンプレックスを刺激する。
希美は優子と夏紀に、みぞれが音大を受験しようとしていることを話し、それに乗じて自分が受験した場合の反応を見てみようとする。

みぞれの時のように「すごいじゃん希美」と言ってもらえないことに、希美はまた傷ついてしまうが、みぞれは希美が受けるから自分も受けると言う。
自分を持たないみぞれを優子は心配し、不穏な空気を感じ取った夏紀はあがた祭りに話題を変えるが、動き出した歯車は止まらない。
希美がみぞれを祭りに誘うと、みぞれは希美と二人きりを期待するが、希美は優子と夏紀も誘うことで自分が輪の中心にいることを確かめる。

そんな希美のプライド、みぞれには自分しかいないという無自覚な依存心は、みぞれを見つめる新たな来訪者により脆くも崩れ去ってしまう。
同じオーボエ奏者のみぞれに憧れ、仲良くなりたいとアプローチする一年生の後輩・梨々花が、みぞれとの距離を少しずつ縮めていく。
奇しくもみぞれが心を開くきっかけとなったのは、「(希美先輩と)仲良しなんですね」という言葉、希美があげた青い羽がみぞれを希美だけの存在から遠ざけていく。

いつしかみぞれは、梨々花に今度オーボエのリードの作り方を教えると約束するまでになり、梨々花は満面の笑みで応える。
みぞれもその笑顔に応えようとした瞬間、机に顔を伏した梨々花が、一緒にコンクールに出たかったとオーデションに落ちた悔しさを表明する。
自分のために涙を見せる後輩にみぞれの心は動き、その余韻の中にあるのか、いつもなら近づくだけで分かる希美の足音にも気づかない。

希美はみぞれをプールに誘うが、みぞれから返ってきたのは「他の子も誘っていい?」という言葉で、前を横切る生徒の足音が現実を突きつける。
プールに行った後日、梨々花はみぞれにその写真を送る・・・「大好きです」という二人がずっと言えなかった言葉を添えて。
夕焼けに響くみぞれと梨々花のオーボエの、互いを慈しみ合うような優しい旋律の重なりが、希美の心に微かな影を落とす。

オーボエの重奏とは対照的に、オーボエとフルートの音はすれ違い、二人の今の関係性を象徴しているかのようである。
練習後希美は、勇気を出して廊下を歩く新山先生に音大受験のことを話してみるが、いかにも社交辞令的なエールだけが返ってきた。
みぞれへの嫉妬の感情を募らせた希美は、新山先生から指導を受けるみぞれが、こっそりと振ってきた手を無視してしまう。

希美の態度を不穏を感じたみぞれは、勇気を出して「大好きのハグをしてくれる?」と尋ねてみるが、希美はみぞれを優しく拒絶する。
みぞれを除いた希美、夏紀、優子の三人の会話の中で、二人のソロの掛け合いが話題となるが、希美は本番までになんとかすると言うだけである。
そんな中で「みぞれ先輩の本気の音が聞きたい」と主張していたトランペット奏者で吹奏楽部のエースである麗奈が、ユーフォニアム奏者でシリーズ本編の主人公である久美子と、オーボエとフルートのソロ部分を伸びやかな掛け合いで披露する。

演奏を聴いた希美は、自分は本当に音大に行きたいのかと自問して、普通大学に行った方がいいのではないかと自答する。
希美と一緒にいられないみぞれを案じる優子は曖昧な態度を咎め、希美の音楽への葛藤を見てきた夏紀はなんでも話せるわけじゃないと慰め、互いが互いを思いやる故に衝突してしまう。
同じようにソロパートに悩むみぞれは、新山先生に相談するが、どんな気持ちで吹いているのかという問いにリズの取った行動について答えてしまう。

悩むみぞれに対し、大人の象徴たる結婚指輪を手に光らせた新山先生は、まるで魔女が少女に入れ知恵をするかのように問いかける。
「もし鎧塚さんが青い鳥だったら?」この一言に、みぞれは自分が空高く飛び立つことこそが、希美の願いなのだと解釈する。
一方でみぞれがリズで自分が青い鳥だと思っていた希美も、今は自分がリズでみぞれが青い鳥だと解釈し、二人の思いは重なることとなる。

夕焼けの中で希美は独り、みぞれという才能を鳥籠の中から放つ役割を、どうして神様は自分に課したのだろうかと黄昏れる。
次の合奏練習、みぞれは滝先生に「第三楽章を通しでやってもいいですか?」と尋ねて、希美はみぞれの才能に執行されることを予感する。
昨日までとは別人のようなオーボエの音色、希美のためのすさまじい演奏に希美の心は揺らぎ、練習中にもかかわらず俯き涙を流してしまう。

どこまでも羽ばくようなオーボエソロが奏でられ、地獄のような合奏練習は終了して、みぞれの元には感動した部員たちが集まってくる。
浴びせられる賞賛も心半分に、みぞれは希美の姿を探して、自分がいつも独りでいる理科準備室にいるのを見つける。
希美の様子がおかしいことに気がついたみぞれは、「泣いてるの?」と声をかけるが、希美はその涙を否定する。

みぞれは希美を撫でようとするが、「今まで手加減してたんだね」という言葉が、感情の種が花開いて繰り出される嫉妬心がそれを阻む。
いくら言葉を重ねても、みぞれにとって音楽は希美に従属するものにすぎないため、音楽を理由に自らを卑下する意味がわかならい。
しかし、希美の「普通の人だから。」という言葉に対しては「そんなことない。」と即座に反論して、希美を息詰まらせる。

みんなの中心となり引っ張っていく希美を特別だとするみぞれと、音楽の才能があって努力をし続けるみぞれを特別だとする希美の、互いが互いの才能を羨むすれ違い。
「希美がいるから、オーボエだって頑張った。希美といられればなんだっていい」みぞれの愛は音楽を愛する希美を困惑させ、完膚なきまでに傷つける。
「なんでそんなに言ってくれるのかわからない」と答える希美を、みぞれの大好きのハグが包み込み、希美は振りほどきたい気持ちを懸命に堪える。

「希美の足音が好き、希美の笑い声が好き、希美の話し方が好き、希美の髪が好き・・・希美の、希美の全部。」みぞれの告白に、希美から告げるたった一言は「みぞれのオーボエが好き。」
一番欲しい言葉を一番欲しい人からもらえなかった現実を前に、希美は憑き物が取れたようにカラっと笑って、大好きのハグを優しく解く。
荷物を取りに行くといって一人歩く廊下で、希美はみぞれに初めて声をかけた日を思い出し、今の自分と折り合いをつけるように息を吐く。

希美が息を吐いた廊下の外、二羽の白い鳥が重なるようにして飛んでいく、彼女たちの未来はまだまだ白紙であると告げているように。
少しの時間が経って、図書館で「リズと青い鳥」の文庫本の返却期限を図書委員に咎められるみぞれ、その横から希美が参考書を借りに来る。
二人は顔を見合わせて、それぞれの道を反対方向に歩き出す・・・希美は図書館で受験勉強へ、みぞれは独りきりの音楽室へ。

冒頭の登校シーンを彷彿とさせる音楽が奏られて、校門でみぞれを待つ希美の姿、息を吐いて完結した成長譚のボーナスステージが始まる。
みぞれが希美を引っ張るように校門を出る足元に、学校という鳥籠から飛び立つ鳥たちの姿を、永遠に同じままではいられない現実を再認識する。
再び先を歩く希美は立ち止まり、「みぞれのソロ、完璧に支えるから。ちょっと待ってて」と言うが、完璧という言葉に彼女の誇りが詰まっている。

「私も、オーボエ続ける」その返しは希美の望んだものではないが、自らの感情と向き合うことを決意した彼女なら大丈夫だと、今はそう信じられる。
「本番、頑張ろう!」根底にある思いはすれ違ったままだが、彼女たちは同じ目標に向けて歩き出し、みぞれはハッピーアイスクリームを宣言する。
その意味を知らない希美は、一緒に食べに行く甘いものはアイスに決まりだと言って、みぞれを希美にしか見せない笑顔にする。

ピッチの合わない演奏のように、テンポの合わない二人の足音が響く中、最後の最後に奇跡が起きる。
二人の足音がぴったり一致した瞬間、希美はみぞれの方を振り向き、みぞれは驚いた表情を見せる。
この時の希美はどんな表情をしていたのか、知っているのはこの世界でただ一人、みぞれだけである。

この物語の素晴らしいところは、友情が思っていたものと違っているというジレンマに対して、愛情が乗り越えられるかを試していることにある。
それは、人間が人間として生まれてきた以上絶対に避けられない問いであり、提示された解答はこの上なく希望に満ちたものとなっている。
自らの誇りを取り戻す情熱と、自分を慕ってくれる友の想いへの親愛、そのどちらかを選ぶのではなく共存する道を掴み取る。

原作小説では、希美とみぞれが互いに抱く葛藤が、久美子を中心とした群像劇の一部として構成されている。
日常に壮絶なドラマを切り込む吉田玲子の脚本は、様々な時間と場所で展開する心の旅を、学校という鳥籠の中だけに閉じ込めた。
徹底的に現実を叩きつけ、それでもなお自分の道を探し出す少女たちの儚さと強さと愛しさに、ほんの少しの歩み寄りが足されている。

原作では行間の中にそっと閉じ込められた歩み寄りは、劇場版の製作者たちがこの物語へと向けた願いのように感じ、描かれる少女たちへの真摯な想いが伝わってくる。
本人たちですら無自覚な仕草や表情を覗き見ることに対する背徳感を、絵と音の刹那の美しさが優しく包み込んでくれるが、ふとした瞬間に自らの身体が涙を流すだけの器官となる壮絶な映画体験。
この作品に出会えただけでも、自分の人生に意味はあった・・・映画というものに対する最大限の賛辞をもって、一度締めくくろう。

鑑賞記録
2019.06.02
丸の内ピカデリー1舞台挨拶付き上映回
→映画史上最高傑作の原点を呼び起こす二階席の宙に浮くような体感、同時系列の誓いのフィナーレと相互リンクし、行間と余韻で感情を決壊させる。

2019.08.11
塚口サンサン劇場4静寂上映
→波乱の第二楽章の映像体験として誓いからリズの流れで臨んだ結果、初めてこの作品をスピンオフと認識することになる・・・本当に体験してみるまでどんな感情が待っているのかわからない。

2019.08.27
EJアニメシアター新宿1
→35回目にして初めて人と一緒に観るリズは、舞台挨拶でも静寂上映でもなく予測可能性を超える瞬間と出会うための原始のリズ・・・ひたむきに作品をつくってきたスタッフを想い涙を流す、母の横顔が忘れられない。

2019.09.05
新宿ピカデリー1
→声にならない声を掬い上げて包み込んでいく魂の賛歌、儚くも優しい眼差しの中で、すべての一瞬が心のに刻まれていく・・・全員の生きた証として。