24フレームの作品情報・感想・評価

24フレーム2016年製作の映画)

24 Frames

製作国:

上映時間:114分

2.9

あらすじ

「24フレーム」に投稿された感想・評価

AS

ASの感想・評価

3.4
苦行を乗り越えたあとに押し寄せる謎の感動
フィルメックス
ピピ

ピピの感想・評価

4.0
フィルメックスで鑑賞。
下書きで止まってたのでやっとこさマーク。


え。これがあと24回続くのか…
始めはそんな感想を持った、
私の卒論のメインパートとなった作品。

絵画や写真は一瞬を捉えたもの。
その前後に何があったのか予想した24フレーム。4分半×24カット。
キアロスタミの遺作。

以下ネタバレ。
観る予定ある方は見ないことをおすすめ。














フレーム1はピーテル・ブリューゲルの「雪中の狩人」(1565)。家の煙突から煙が出る。鳥が鳴いたり飛び回ったり、犬が吠えたりおしっこしたり。雪は吹き荒れ寒々しい。人間は動かない。

生きてる!自然が生きている!
そう感じた、笑

フレーム2は画面いっぱいに車の窓、見えるのは外の雪道。車内ではお洒落な音楽をかけている。馬が走っている。まるで映画以前、エドワード・マイブリッジの連続写真を彷彿とさせるアレ。

フレーム3は海。激しい波打ち際。牛が死んでる?寝ている?あ、生きてた。みたいな4分半。

この辺りで誰もが思うであろう。
「え、まだフレーム3だけど?あと21あるの?え?」

その後も雪、鳥、海、鳥、雪、鳥、雨、鳥、木、鳥…(だいたい雪と木と鳥)


場内
〜ぞくぞくと途中退席するシネフィル〜


私は、キアロスタミが最後に映画で何を描いたのか知りたくて知りたくて、ずっと見入ってました。

24フレーム目、部屋。
机の上にはアップルのデスクトップ。その前で机に突っ伏してうたた寝する女性の後ろ姿。優雅な音楽が流れている。画面には女性と男性、何かの映画のシーンのようだ。ハグしてキスするカットがスローモーションで流れている。スクリーンに垂直に映された12枚の窓。外では雪が吹雪いている。

もうこれの何が素晴らしいって、イラン映画(フランス合作だけど)でキスシーンが流れたこと。イラン映画は規制が厳しく、男女の接触は許されない。それを、「他の映画は普通にやってるよね」と明示するかのようにアップルの画面に映し出す妙。

さらにデスクトップ。映画はスクリーンで大勢で観るという時代の終わりを感じる。しかも鑑賞者は寝ているし、スローモーション。どうせ巻き戻せる。24フレーム目には、外の自然の時間、音楽の時間、映画の中の時間、寝ている人間の時間、そして私たち鑑賞者の時間、様々な時間が存在している。

カメラを意識する子どもたちを撮影するときは、フィルムを入れていないカメラを何日も前から教室に仕込み、電源も入れ、カメラの存在と音に慣れさせておいて、自然な表情を撮ったキアロスタミ。そんなキアロスタミが行き着いた先が、アニメーションだったという事実。

実写と違い、アニメーションのキャラクターは監督の思い通りに動くことを思い知った。

アップルの画面に流れていた映画はキスシーンで終わり「THE END」の文字。それと同時にこの『24フレーム』も終わりを告げるようにエンドロールに入る。うたた寝してる女の人はきっとそのうち起きて、何か映画を巻き戻すなり、何かしら行動するんだろうなって、容易に想像ができる。

時間は永遠である。
死んだって時間は止まらない。
時間は動じない。

そんな作品でした。


映画の一つの時代の終焉。
もうキアロスタミ以後の時代。
映画は時間と共に新しい芸術、エンターテイメントに変わっている。
yyk

yykの感想・評価

3.0
フレームの前後に静止画がなくて写真を撮る前、撮られた後が分かりにくかったです
東京フィルメックス

その意志がどこまで反映されているのか知らないが、本作完成を見ずに亡くなったキアロスタミの遺作。「写真が撮られた瞬間の前と後はどうなっているのか」というコンセプトにより、フレーム1から24までを固定カメラによってそれぞれ4分ほどで撮影してある(であればその静止した「写真」を最初に提示してもらった方が対比的な効果が生まれる気がするんだが)。

最初の「フレーム」は絵画作品で(ブリューゲルの『雪中の狩人』)、作品の中の鳥が動いて飛び始め、家の煙突からは煙が立ち上がり、といった具合に動く絵となり、最後は机の前のモニターに映画作品が流れたまま居眠りしている人物を背後から逆光の中で撮影したもの。この1と24の間の22のフレームはほとんどが無人の雪山や砂漠、海岸における鳥や動物の動きが映し出されたもの。ぶっちゃけて言えば「それだけ」の作品である。先に挙げたコンセプトの具現化、という意味ではあまりピンと来ないし、明らかに合成と分かるデジタル臭い画面はもー少し上手く仕上げられなかったんかと思わなくもないが(音はすごい)、キアロスタミがその生涯の最後の最後にこういうシンプルなところに戻って来たと言う点を単にナイーヴ過ぎやしないか? と突き放すことはとても出来ない。それらを超えて何だか感動的な作品になっちゃってるんである。いや、感傷だろうか。

写真がなかった時代の絵画から始まって最後にはモニターで映画を観ながら微睡んでいる人。映画の黄昏を暗示しているようにも見えるが、映画のフィルムは1秒に24コマの静止画が素早く映し出されるから動いているように見える訳で、別に20フレームでも30フレームでも良いのにわざわざ『24フレーム』となっているのはそれだろう。絵画〜写真〜映画。キアロスタミの始原/根源への眼差し。映画も今はフィルムではなくデジタルだけれども。
masaakib

masaakibの感想・評価

4.0
だんだんと意識が遠のいてきた頃、後ろの座席の人がカバンを開けようとしたのか、頭の近くでベリベリベリっと音がして、一気に覚醒した。
という感じの映画でした。
定点カメラのロングショットでしか表現できない「永遠」。
たった4分30秒の時間に、果てしなく膨大な時間の流れと、地球・宇宙・生命体の永遠の連続性を感じた。

例えば、木と鳥を収めた窓枠。少しずつゆっくり日が傾き、光と影が伸びていく。延々と風は木を揺らし続け、鳥も飛んできて留まってはまた飛んでいき、一瞬たりともこの世界は静止することがない。

言語のない世界で、私は目の前の動物がどうして今立ち止まり、また動き、戻り、そしてまた去っていくのか、思考を捉えられずに戸惑う。
例えば目の前の鹿が、画面の端から端まで横切るのに4分かかったとしても、カメラは視点をそらさずに静かに見つめ続ける。

そのとき。
私が生きている4分は、果てしなく連続する時間の中の、ほんの一瞬にすぎないことに気づく。この世に生を受け、また死ぬまでの間が、なんと短い一瞬なのだろうかと呆然とする。

海は暖かな日差しのなかで穏やかに、時には寒々と荒々しく、延々と波が押し寄せては引いていく。
雨が降り、風が吹き、晴れて日が差し、また陰る。
決して止まることのない自然の営みを目の前にして私は畏怖を感じる。

人は、生命は、地球は、宇宙は、「点」ではない。
永遠に続いている線。
生まれてそして死んでいくけれども、決して瞬間的な出来事ではないはずだ。この世に存在し、そして存在し続ける。

今までたくさんの名作をありがとうございました。

・・・
これは全く商業映画ではなくて、もはや100%自己表現の芸術作品だと思います。
前知識なく鑑賞して最初は戸惑いましたが、鑑賞後時間が経つにつれて、少しずつ咀嚼できてきました。
これからもきっと心の中に残り、ふと思い出すような、記憶の映画。
・・・
t

tの感想・評価

3.2
静止画から動画へという映画の原初に立ち返るような営みは感動的だが、ほぼ2時間似通った自然現象×24のみというのは辛い(15あたりで人間が出てきてそこは良かった)。同じ試みなら前作?の短編、Take Me Homeが簡潔かつ物語性があり、美しかった。
アハ体験
数字をかぞえる苦
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