ジェームズ

娼年のジェームズのネタバレレビュー・内容・結末

娼年(2018年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

私たちには1人1人に名前があるけれど、普段はそんなこと意識しないし、すれ違う人たちは個人ではなくて、「女」であったり、「男」であったり、そういう大きな枠組みで一括りにできてしまう漠然とした存在。だからこそ冒頭の「女なんてつまんないよ」という台詞が出て来たのだと思う。
そしてお互いがお互いを何も知らない「女」と「男」から、仕事を通すことでやがて「女」は個人になった。その過程でお互いの心の隙間を埋め傷を癒し、肯定することに安らぎを覚え、やりがいになった。
表面上を飾りたて、表情や口調、衣服で本心を不透明にしていたところを、暴いて見つけて満たす。これをやりがいだと言って、積極的に向き合っていた。
りょうくんが普通だと言われながらも昇格していけたのは、こうした本当のことを隠したい気持ちと、分かってもらいたい気持ちの両方を持っていることが誰にも当てはまることだったからだと思う。好きな事やツボ、趣味はそれぞれ違って、それに気付いたり応えたりすることはとても難しいが、根幹のところでは皆共通して「普通」なのだから、普通であるりょうくんの寄り添いが心地良いのだ。

また共通しているという点でいうと、静香さんが「涙を流している時は悲しかった」と言ったシーンがあった。
経緯としてその日りょうくんが出向いたところの夫婦は、中でも趣向のインパクトが強い組だった。劇中でも、普段は仕事に集中するりょうくんでも我に返ってしまうという描写があったほどだ。
しかしそんな夫婦にさえ、静香さんは「悲しいから泣く」というごく普通の感情を当てはめる。
気付いて欲しい心理、分かってもらいたい心理を抱える私たちにとって「普通」という言葉は決して嬉しいものではないのだろう。

けれどどれだけ非凡を装っても、根幹を覆すことはできない。それを理解して、もうありのままで生きるのも良し、それでもなお周囲と差別化して着飾り続けるでも良し、最後には共通しているところがあることを理解していればそれで良し。
そういうメッセージを受け取れる作品だなと思った。