川田章吾

娼年の川田章吾のレビュー・感想・評価

娼年(2018年製作の映画)
3.4
映画史に大きな爪痕を残す作品。
というのも、日本の社会ではタブー視されてきた「女性の性」について、かなり露骨(素直)に描いているから。なので、この映画の評価はそうした歴史的文脈を押さえないとなかなか見えてこない。

そもそも、なぜアダルト・ビデオは男性用の物が多いのか。(最近は女性のものも増えているらしいが…)
コンビニにはなぜ男性用のアダルト雑誌は多く並ぶが女性用のものはないのか。(冷静に考えたら、こんなのあからさまなセクハラ)
それは女性には性欲というものがない、あってはならない、見せてはならない、という「男性の願望」が社会規範として投影された結果であり、そうしたこの社会のあり方に男性有利の権力性が存在している。

しかし、この映画は女性の多様な性のあり方を示し、それを恥じらうことなく描いている。むしろ、そうしたフェチにこちらが笑ってしまうようなシーンも多め。そうした「語られない性」を語る、前衛的な作品なのだ。

かつてマルセル・デュシャンが美術館に便器を「泉」というタイトルで展示し、その意外性から多くの芸術家に批判されたように、この作品も「女性は性を語らない」とされている社会に一石を投じている。

特に、森中領役の松坂桃李の演技は圧巻で、彼の演技力の幅広さを感じた。ここまで身体を張れるのは役者としての粋を感じる。
冒頭、領は女性を「モノ」と見下し、○ックスはただの運動に過ぎないと言う。しかし、彼が娼夫として様々な女性と出会う中で、彼自身の無味乾燥とした人生が開いていく。本当に彼が飽きていたのは女性に対してではなく、男性中心的なこの社会の構造そのものだったのだ。

その証拠に、最後のシーンで、肉体的に衰えた高齢の女性と○ックスをした時、領は最大の喜びを感じる。これこそ、まさに既存の価値観を180度転換させた瞬間であり、この物語の一貫した「女性の性の肯定」という作品のテーマとしてふさわしいエンディングとなっている。
もはや、これはエンターテインメントではなく、政治的なメタファーが構造化された芸術作品なのである。

ただ、これだけ褒めているのになぜこのレーティングかと言うと、頭ではわかっていても、やはり俗物的な自分は共感ができなかったから。
あと、ちょっと物語の構成が○ックス中心になり過ぎてて、もう少しそこにたどり着く過程が欲しかったかな。まあ、テーマ的には仕方ないけど。