kasmi

娼年のkasmiのネタバレレビュー・内容・結末

娼年(2018年製作の映画)
1.0

このレビューはネタバレを含みます

「ちょっと綺麗なアダルトビデオ」とレビューしてる人がいて、まさにそういう感じだった。
「松坂桃李のセックスが下手」とも女性たちから言われていたけど、要するにAV的なセックスということだ。セックスに力があるということだけ知っていて、実際にいいセックスをしたことがない人がつくった映画なんだろうな、と思った。少なくとも松坂桃李で男娼っていうのは女性客を想定した映画だろうに、あんなの女性(あれをされる側の身体を持った人間)が見たら間違いなく気持ちよくない、痛いだけだとわかるので、とにかく製作トップに女性がいたら、このようなことにはならなかっただろうに、、と。
ガシマンが痛いだけであることはわかってほしいし、女性が喘ぎ声を上げること=イクこと=ほぼ射精=ゴール、みたいなのも間違った認識。日本のエロコンテンツは多彩なだけでみんな同じ価値観で同じような人たちによって作られているので、じつは文化的に本当に貧しい分野だと思う。
後々調べてみたら、インタビューで松坂桃李が本当に「AVを見て研究しました」と言っていたので大爆笑だった。もっと、セックスの良さをプライベートで知っている俳優さんをキャスティングすればよかったのに。コミュニケーションとしての情報量が少ないセックスシーンをあんなに長く見せられても退屈なだけ。

あと、金持ちの女しか、男を買うということは許されないのだな、という印象を受けた。現実世界的にも、映画の絵面的にも、そうなのだとしたら、それはとてもグロテスクだ。

結局、女性の欲望に寄り添う作品のようでいて実際はそうではなく、主体は男性である松坂桃李の方にあり、彼が娼夫として様々な女性の欲望を探って攻略していくみたいな筋書きに見えた。「娼夫としての成長」の中でも、特に何か相手を間違えたり傷つけてたりしてしまうみたいな挫折も経験することはなく、テクで女を次々に骨抜きにしていく、みたいな雰囲気。挫折もなしに成長とは?という感じであったし、どちらかというと主人公の方が女性との触れ合いによって癒され、ケアされ、荒んだ心に潤いを取り戻すようなストーリーにすら見える。これ、「買われる女」とはえらい違いだ。磨耗していくどころか百人斬りのニュアンスなのだから。
ここで描かれているような娼夫と、女性のセックスワークはまったく状況も意味合いも違ったものである。もしかしたら、抑圧した性欲の表出やそれによって自己の核を肯定を目指すこと、セックスというよりは肌の触れ合い、もっとも近接でのコミュニケーションと捉えること、とかを踏まえると、レズ風俗に近いのかもしれない。

オチも、なんだかなあ、と釈然としない思いだった。主人公も年上の女性に対して偏見がない、のではなく、正しくは「幼い頃に母を失い、母性に植えている」感じだし、静香との交流も傷の舐め合いみたいなもんで克服ではない。本質的には何も解決してないのに、さも解決したみたいになっているのが不思議だった。最後の「母親は実は娼婦だった」の設定も必要だったのだろうか?領が身体を売るのが必然だったこと、静香と母の共通点がより深まること、を匂わせているが、前者に取ると、さも「売る側」の人種が先天的に存在するかのようになってしまうし、後者に取ると結局静香のことも個人として見れていたんだか怪しくなり、強固な呪いに結末の絶望が深まるばかりだ。それを領にわざわざ伝える静香の魂胆もよくわからない。

それでもなんとなくいいもの見たっぽい感じの後味が残るのは、照明と画面の色合いの美しさゆえだろう。
音楽も笑えるほど高級でおしゃれ。

それぞれのセックスは、「手を握って喘ぎ声」の人と「シナリオを準備する夫婦」のとこがとりわけ意味不明だったが、お漏らしの人はよかったな。知的な背景を共有した人じゃなくちゃ興奮できないみたいなの、ありますよね