ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男のネタバレレビュー・内容・結末

「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」に投稿されたネタバレ・内容・結末

ドリス・ヴァン・ノッテンというブランド名を私がよく耳にするように(目に留まるように)なったのは恥ずかしながらこの2-3年の話で、それまでは全く知らなかった。映画を観て、自分が思っていたよりもはるか昔から評価を得ていたことなどを知った。自分が気になった時に、インターネットで調べたりしていたが、正直その良さはあまりピンときていなかった(メンズ服は割と色気があり、レディース服は花や植物の柄がよく使われ、びらびらとしたドレスと言うよりはややカジュアルな形のものが多く、生地は薄手のものが多く繊細な感じだなぁ位の印象)。

しかし、今回映画を観てどハマりした。なんでこんなに素敵なブランドを長らく知らなかったのだろう。ただサラサラとスマホの画面でショーの画像を見るだけでは、このブランドの服の本当の良さはわからないと思う。とにかく制作ポリシーが素敵だと思った。そして全てが違和感なく自然な感じ(商業に寄り過ぎず、でもちゃんとモードな感じ)がした。映画自体もファッションドキュメンタリーにあるようなうるささがなく、静かに淡々と、けれど寂しいどころか満たされるような気持ちで観た。現代に稀有なものづくりの仕方、仕事の仕方だからこそ、最近このブランドの名前をよく耳にするようになったのではないかと思った。

本人が語る言葉の一つ一つ全て(そして常にフレキシブルで落ち着きがあり、ユーモアのある姿)が印象的だった。2005年のディナーテーブルの上をランウェイとするショー(観客は下から見上げるようにして見る)や、マリリンにインスピレーションを得たショーの招待状に印刷ではなく一個一個キスマークを付けていたこと、自宅での佇まいとデザイナーとしての佇まいが異なること、なども印象的だった。
ドリスの服大好きです
今作は冒頭、ファッションという言葉が嫌いだと話すドリスで幕を開ける。

数ヶ月後も別の着方が出来る服。半年で飽きない服。持ち主と一緒に成長していける服。普段着でリラックスして着られる服。映画の中でドリスが語っている自身が追求して作りつづけている服だ。

日本でも完全にファストファッションの時代になっている。手軽でお洒落な服が買えるからと、1シーズン使い捨てでその時の気分だけで買い、飽きたら捨てるのが当たり前になっている。もちろん最新のデザインが手軽に着れるスピード感などの良さもある。でもそれでは何も残らない。一生懸命稼いだお金でゴミを買っているのと同じだ。それはとても虚しいことだと思う。

私は良い物を大切にしたい。大切にしたいと思う大好きな物に囲まれて生活がしたい。どんなに高くても気に入ったものしか求めなくない。作り手が心を込めて生み出した物を消費する側の自分も心を込めてずっと長く大切に扱いたい。

ドリスの洋服はまるで庭園みたいで美しいと昔から感じていたけれど、その理由が観てわかった。

庭園で咲きこぼれる花たちの豊かな色彩、美しい部屋のインテリア、ドリス自身が活ける花や美しい花器、そして食事。これらに囲まれることなくして彼の洋服は生まれない。つまり、仕事も私生活も全く手を抜かない姿勢。こだわりを持って細部まで気を使う。ドリスの完璧主義っぷりは到底私は真似出来ないけれど、自分の感性を信じ、それを我が道だと貫き通す姿勢は何をしてても大事だなと思わされる。

あと生活がエレガントすぎて最高にカッコよかった。特に摘みたてのお花を入れる籠バッグが素敵すぎて、映画を見終わったあとすぐに似てるのを探して買ってしまった。
-36-

古着で、偶然このブランドのスカートを、大好きな方から購入したから、気になって観てみた。

服作りが天職の人だった。

"ぼくはじっくり味わえる服を作りたい。
数ヶ月ごとに違うテイストで着られる服"

"同業者は最初から服をデザインする。
ぼくはストーリーや人物やモノを思い浮かべるんだ。
自分の感じたことを服を通して表現したい"

素敵な考え方。
ドキュメンタリーとしては、素材とエッセンスは凝縮されてたけど、ファッション門外漢には彼がなんのショーに取り組んでいるのかがよくわからず、ブランドの歴史や過去のショーの解説が挟まれるものの、着地点がわからなかったので、物語としてのカタルシスは薄めだった…2016-17年秋冬のパリ・オペラ座でのショーがゴール、予告編を先に見ておけば良かったかも。
でも、タイムレスなものを作りたいと言い、上も下もなく過去も現在も全て同列に扱う、というドリスの世界観をそのまま表現したとも受け取れた。ただ、93分、これ以上長かったら疲れてた、限界ギリギリだったかな。

一番見たかった、彼がアイディアを思いつく瞬間、各作品に名前をつける瞬間、広告を打たずとも客から注文がくる様子、成功の瞬間、みたいなものが写ってなくて、ちょっと欲求不満。
あの生活をしながら常にアイディアが浮かんでは消え、浮かんでは消えしてるのだろうけど。淡々とショーをこなしていく様子はある意味、化け物じみて感じた。

家のインテリア、彼が作る服と同様、色数が多いのに、完璧に調和しているの、クラクラしたし、ゾッとしたなあ。家事にも庭仕事にも手は抜かない、という言葉通り、作ってる料理も彩り豊かで、彼が作るファッションそのもののような、完璧な暮らしをしてる…病的な完璧主義者という言葉通り…

でも、余裕があるのが、もうほんとすごいなって。『ディオールと私』で追い詰められた姿を見せたラフ・シモンズなんかとは違う、自然体でいることの余裕を感じて、人柄と作品がマッチしてる、日常とファッション、生活と作品がどこまでも地続きにあるヒトなのだ、ということを突きつけられて、また圧倒された。
ファストファッションではなく、日常的に着られる服、着る人に合わせて変化し成長する服、カスタマイズできる服…なるほどなあ…

公私ともにパートナーの彼と、ショーの後、毎回抱き合ってキスをする姿が印象的だった。休暇なんてない、なんという世界。でもやっぱり、余裕たっぷり、悠々自適な生活ぶりに見えたな…

ただ、インドの生地屋の描写にはちょっとドキッとしてしまった。1988年の時点で、インドにファッションは存在しなかった、モードとも無縁、と言い切れてしまう、西洋社会に生きる者の傲慢さよ…彼らの仕事を途切れさせないようにしてるんだ、というけれど、彼らがショーを実際に見ることはないんだ、作り手として尊敬され招待されることはないんだ、と思うと、なんかな…

手作業であの複雑な生地を作る職人たちへの敬意があるなら、職人たちや、職人たちを統括する彼女たち、インド人たちにもインタビューしてほしかったよな。ファッションを支える、末端の言葉も聞きたかった。それだけで印象は違ったと思う。

『人間機械』も見ておきたいなあ。

モデルたちのまるでロボットのような姿にも、なんだか薄ら寒いものを感じてしまった。ファッション業界ってほんとに…なんだかな…ショーの後、モデルたちを写真に撮り、記念撮影する観客たちもなんか…なんともな…

言葉も色も多彩で濃密だったけど、スッキリはしなくて、うーん。

あ、そうそう、犬。仕事場で生地を食べない、イタズラしない、ショーの現場で吠えないの、偉いなって思った。

追記
あの庭、東京ドーム6個分以上? まじでか。プーチ傘下に入るまでになにがあったのかな…
すごく良かった。普遍的なもの、こういう状態が(自分がアウトプットとして)イメージしてるものと近いと感じた。ラクロワもちょっと似てる。でもドリスの方が、もっと繊細で、アントワープらしく落ち着いていて他にない、色彩も絶妙。暗くないけどアンニュイ的な。

山本耀司も似てる。ややずれるけど、イッセイのスタンスも結構似てる。LVMHはやっぱり好きになれないかなぁ。。


(備忘メモ)
・タイムレスな服。着る人に委ねられる服。着る人とともに変わり続ける服。
・カジュアル、日常着であり続ける。
・新鮮さ、新しさを重視。変化し続けることは、皆好きなことなのでは、とのこと。そうかな?
・広告は打たない。ファッションショー/コレクションは、自分のvisionを示すこと。示した上で、着る人に委ねる。
・コレクション、服を作ることは、人生そのもの。生きがい。
・ファッションという言葉は嫌い。違う言葉が必要。
・ファッションは、芸術。だけど、産業。売れないとメゾンは消える。そこが芸術と唯一大きく異なる点。技術は芸術。
・辛いこと、耐えることも多い。でも必ず何か新たな発見がある。人生なんてそんなもん。落ち込むこともある。
言いようもなく2018年に観て一番面白かった映画。ドリスさん、わたしもfashionという言葉が嫌いです。fashionを超えたreal timeなもの、そして時代を象徴するものを垣間見ることができ、心が動かされる。創業者でなければできないこと、伝えられないことがある。洋服をデザイナーさんから直接買いたい理由がすこしだけわかった気がした。
ドキュメンタリーの質としては、『ディオールと私』の方が上な感じ。

温和で、チームとして洋服を作っていくドリスは魅力たっぷりだけど、映画としてこちらがわに迫ってくるものがない(洋服作りの情熱はビンビン)。

好きなデザイナーで、好きなブランドだから、裏側が見られたのはよかった。
しばらくは悲しいことを引きずってしまいそうだ。暗闇に逃げても逃げてもやっぱり逃避なんかできなくって、見栄っ張りなだけだ。
順風満帆なんてそんなことないってドリスも言っていて、だけど全部全力投球だって。そこが違う。
全力投球してないな〜悲しいことに落ち込んでいる場合ではないし明日からまた新しい日々が始まっちゃうし!ね

ドリスのお洋服はやっぱりメンズがいいなあっておもったけどきっとレディースのほうがたのしいんだろうなっておもった。

アートと産業の話にもやもやしている彼らに勇気をもらえた。彼らでさえも未だに悩んでいてそれでも続けるために進み続けていて、そんな姿はやっぱり美しい。

エディターの女の子のかっこいいスラックスに白いTシャツ、素っ気ないメイクに赤い口紅がとってもかわいかった!
2018.03.20 鑑賞。

いろんなファッションドキュメンタリーがありますが、いままで観た中で言えばマーク・ジェイコブスやポール・スミスが「動」の人であるならばこの人は「静」の人。

当然ショーには顔を出して采配を振るいますが、各国の店舗に視察に行ったり、インスピレーションを求めて出かけたりはほとんどしません(映されてないだけかもしれませんが)。
余暇は自邸に帰って広大な敷地内で花を集め、愛犬やパートナーと食卓を囲んで過ごす…「余計なことしないで美しいものに囲まれていたい」と言わんばかりの、貴族的とさえ思えるそのスタイルが印象的でした。確かにこの人の作る服は品がありますからね。納得です。
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