夜の大捜査線の作品情報・感想・評価 - 4ページ目

「夜の大捜査線」に投稿された感想・評価

tm

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2.8
オープニングの曲入りとエンディングの曲入りが好きだから3.0にしたいけどこの点数。
だ

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3.5
こういう無能警察が出てくるタイプのやつでいっつも思う事、今回映画の中で奥さんがハッキリと言ってて凄い気持ちよかった。もう正論過ぎて笑った。
黒人差別がひどい時代、白人の無能警官共に色々言われながらも冷静で頭脳明晰な黒人警官のティッブス。イコライザーでもそうだけど白人よりも優秀でいて、それをひけらかさない冷静な黒人カッコいいよな。ミステリー要素となんだかんだお決まりな友情に似たものと、バディものとはまた違う面白さがあった。吹き替えで場面も結構切り取られてたので今度は完全版観たい。
1967年当時に黒人俳優が主役で、しかも内容自体が人種差別問題の映画を世に出すとは、アメリカの懐の広さを感じます。
スター

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4.0
良かったです。1967年のアカデミー賞で主要5部門受賞も納得の作品でした。
シドニー・ポワチエ主演映画を観るのは多分初めてですが、シドニー・ポワチエって、顔つきや雰囲気が、デンゼル・ワシントンに似てる気がします。
デンゼル人気の一因は、シドニーに似てるのも理由の一つかと思いました。
シドニー演じる北部の刑事がエリートで、コルバート殺しの捜査にあたる、南部の白人の警察関係者と、収入的には逆転してるのが、最近観た映画『グリーンブック』と印象が、かぶりました。
青山

青山の感想・評価

3.8

南部の田舎町で有力者が殺害される事件が起きる。町の巡査は駅にいた見慣れぬ黒人の男を捕らえるが、彼はフィラデルフィア市警に勤めるティッブス刑事だった。
町の警察署長は差別意識から屈辱を覚えつつもこの黒人刑事に捜査協力を頼み......。


『手錠のままの脱獄』に出てたシドニー・ポワチエが主演。とにかくカッコイイです。
黒人への差別が根強く残る時代・土地で主人公のティッブスも差別......というよりはもう暴言暴行にさらされます。しかし、どんな目にあってもキレたりせずにあくまで冷静で理知的な姿勢を貫くティッブスがかっこよすぎました。警察署の奴らにすらいろいろめちゃくちゃなことを言われますが、それらをばっさり切って捨てる「No!(断る)」という言葉の頼もしさよ!
そんな賢くてブレないティッブスの態度に、差別主義者である警察署長もほんのすこ〜しずつ彼を認めざるを得なくなっていくという2人の交流もアツいっすわ。

また、そうした社会派的な要素は抜きにしても、サスペンスとしての展開自体がめっちゃうまいです。
なんてことない事件に町の有力者の思惑が絡み、怪しい人物やひっかかる出来事が次々と出てきてそれぞれに動き出しつつ、最後にはそれらが一つの真相に収束していく綺麗なプロット!序盤の一見無駄に見えたシーンも伏線だったりするから堪らんですよね!

そして、ラストシーンは、事件の余韻とティッブスと署長の心の交流の余韻とが残りつつもさらっと潔く終わって爽快な気分にさせてくれます。
まさに最初から最後までチョコたっぷりな名作ですわな。
peche

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3.5
人種差別が激しい。
白人を圧倒する極めて有能黒人刑事ヴァージルの活躍に胸がすく。

おもしろい!
絶妙な関係を保ちつつ終わったあとに元気でてくるバディムービーの傑作


true detective のシーズンOneとなんか似てる?!
hasshi

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3.7
アカデミー作品賞を受賞。中には、首をひねりたくなるものもあるが、これはホンモノ。1960年代後半の人種差別など、社会の偏見を見事に映し出している。当時は表出していたが、今でも、イジメに関するニュースなどを目にしていると、今もその問題は裏側に回り込んでいる分だけ厄介になっているだけなのではないかと思った。現代は本当に課題や問題が見え難くなっている。しかし、極端に見えるテーマを持つ映画を見ると現代の問題が浮かび上がる。昔の映画を懐かしく見ると言うよりも、かえって現代を考える上では、このように時代の課題を突き付けられた方がわかりやすい。少なくとも、私はそう考えた。
#名画 #シネフィルWOWOW
三重野

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3.8
電車の別れはいつの時代も良い。男二人に余計な台詞はいらない。
タマル

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3.7
監督ノーマン・ジュイソンは原作の前に脚本を読み、脚本家スターリング・シリファントにこう言った。

「今まで読んだ中でも最高の脚本だ。 一句たりとも変更すべきでない。」

スターリングはいたく感動したが、実際は半年経っても監督の脚本手直しが終わらなかったという。


以下、レビュー。


この映画が上映された当時(1967)のアメリカは公民権運動の真っ最中であり、各地で暴動、都市部では焼き打ちが行われるような混乱した情勢であった。一方、南部での差別も未だ根強く、特に本作の舞台となったミシシッピでは実際に本作の撮影許可がおりないほどだった。そのため、本作はミシシッピの北にあるイリノイ州でロケ撮影されている。

本作のジャンルはミステリー映画である。もちろん、本質には黒人スターを使って人種問題を描き出すというセンセーショナルなテーマがあり、映画の核としてそこを指摘することはやぶさかではないが、あくまでこの映画はミステリー映画なのである。それは作り手たちがただ単に問題意識のみを映し出すのではなく、娯楽的価値の保持、つまり観客に寄りそおうとする姿勢の表明である。同時に、ミステリーというスタイルにこだわることによって、人種問題によって引き起こされる種々のトラブルが、滑らかなストーリーテリングを困難にさせ、ジャンル映画の成立を困難にさせる様を確認させているのだ。

死体検分のシーンでは、死体を隔てて前後にバージルと署長が立ち、同一ショットに収まることはない。ここはこの黒人と関わらずに自分の領域を守ろうとする署長のスタンスが構図によって示されている。逆にバージルに協力を求める駅のシーンでは、ルーズなショットから始まり、常に署長とバージルは同一ショットに収まっている。ここには上述部分とのあらゆる対比が詰まっており、よく練りこまれているなと感心した。