ローズバッド

カメラを止めるな!のローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

カメラを止めるな!(2017年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます


大ヒット&高評価の理由を考察/ボケとツッコミ




「なぜ、これほど大ヒットし高評価を得ているのか?」から、この映画を考えてみる。

●テーマ

低予算で無名俳優のインディーズ邦画で、海外の映画祭や、熱心な映画ファンから絶賛されている作品は、近年にも『ハッピーアワー』や『FORMA』や『ケンとカズ』など、それほど珍しくはない。
しかし、それらは、読解力が必要な映画ファン向けの表現であったり、冷酷な題材を描いているので、一般層にまで伝わることはなかった。

本作がヒットした単純な理由として、どエンタメであり、ハッピーエンドであり、ポジティブで明確なメッセージを持っている事が挙げられる。
「理想を曲げずに、皆が協力すれば、何か楽しい事を成しとげられる」というのが、本作のメッセージである。
仕事や学校にも置き換えられるテーマであり、多くの共感を呼んだようだ。

そして、このテーマは上田監督自身のパーソナリティから生まれたものである。
これは、後述する部分にも関連があり、重要点である。


●笑いの構造、ボケとツッコミ

「一度、話を見せて、その後、舞台裏視点のドタバタを見せる」という、コメディーの構造は、万人に分かりやすい。
「何が面白いのか」が明確だからだ。
アンジャッシュの得意な「すれ違いコント」のような、キッチリ作り込みさえすれば、スベりにくい、確実な“笑いの方程式”と言えるだろう。

舞台裏という、メタ視点を用いている事が、本作の肝だが、一度、構造を整理すると…

①、ゾンビ映画
②、①を撮影しているクルーがゾンビ化
③、②を撮影しているクルーの奮闘
④、③を描いた本作のクルーの奮闘(に、観客は想いをはせる)

と、四重構造になっている。
④の層まで、観客をメタ視点化させる事は、明確に意図されている。
エンドロールのオフショットは、(ジャッキーチェンのエンドロール的な)観客へのサービスとして以上に、「協力してのモノ作りの楽しさ」というテーマを、本作のクルー、つまり、自分たちの姿を使って表現する為のものだ。

しかし、これほど多層な「メタ視点の娯楽」が大ヒットする事に、一抹の不安や寂しさを感じる。

映画草創期の観客には、本作のような複雑な視点を理解する事は不可能だっただろう。
20世紀を通して、あらゆるエンタメが爛熟していく中で、一般大衆も「物語を作り手目線で捉える」事が可能になり、メタ視点を獲得していくようになった。

基本的に、メタ視点というものは、「ツッコミ」の視点である。
本筋のドラマに酔うのではなく、俯瞰して状況を観察する態度だ。

それに対し「ボケ」とは、周囲に波風を起こす態度である。

現代社会は「ボケ低、ツッコミ高」の状態にある、とマキタスポーツは論じている。
自分自身が恋愛に陶酔する(ボケる)のではなく、芸能人の恋愛にSNSでツッコミを入れる。
社会の成熟、テクノロジーの進化によって、「一億総ツッコミ社会」が到来したのだ。

社会や人間関係の中で「ボケ」の役割を引き受けない、つまり、自身の奥底から湧き出る熱によって、周囲を掻き乱す事を、良しとしない。
冷静に常識をあてはめる「ツッコミ」によって、「善悪がないまぜのダイナミズム」が、社会から失われているのではないか?
これが「一億総ツッコミ社会」である。

本作は、メタ視点という「ツッコミ」の技法で笑いを作っているが、描いているテーマは「無茶して掻き乱してでも、モノ作りをしたい」という、「ボケ」を礼賛するものである。

これは、上田監督のパーソナリティが強く影響していると思われる。
自主映画監督と言えば「小津は~、ゴダールは~」という、いわゆるシネフィルの集まりだが、その中で上田監督は「ジュラシック・パーク大好き!」という変わり者らしい。
さらには、ホリエモンや勝間和代を尊敬しているらしく、にわかには信じ難い映画監督像である。
要するに、上田監督は「みんなで協力して、みんなが喜ぶもの作って、成り上がっていこうぜ!それが最高じゃん!」みたいな、シンプルなモチベーションに強く突き動かされているようだ。
「天然(ボケ)」性を持っているタイプである。

本作のテーマは、上田監督のモチベーションそのものの「ボケ礼賛」であるが、その手法は「ツッコミ(メタ視点)」である。

大ボケ体質の監督が、超ツッコミ視点で、大ヒットを飛ばした事を不思議に思ったが、「松本人志に最も影響を受け、芸人になるか、映画監督になるか迷っていた」という話を聞き、腑に落ちた。

監督本人のパーソナリティは、ボケ側だが、ツッコミ側の視点(ツッコミボケ)も持っている。
というより、松本人志のように、「お笑いの仕組み」自体を、キチンと把握出来ているのだろう。

監督のその性質は、舞台挨拶で、感涙しながら話す出演者に、もらい泣きしながらも「話長いねん!」とツッコむ姿、トークの回しが、素人とは思えないほど達者なところにも表れている。


まとめると…

「一億総ツッコミ社会」の中で、ボケる情熱を描いていること。
本来はボケ体質の上田監督が、お笑いの仕組みを把握した上で、ツッコミ視点からのコメディを書いていること。
それが、強固なお笑いメソッドを生んでいること。

…が、万人に響く大ヒット作になった理由ではないだろうか。

(という、ド素人の分析というツッコミでした。)


------


もの凄く良く出来た作品ではあるが、個人的な満足度としては、世評ほど高くない。

まず、作品テーマは、まっとうで正しいものであるが、やはり浅く感じてしまう。
個人的には「理想を曲げない“正しさ”が、社会を悪くする」のような、意地悪でひねくれたテーマ設定の方が好みなのだ。

そして、お笑いの「構造」自体はしっかりしているので、誰が観ても面白いのだが、その中身の個々の「ネタ」に関しては、もっとブラッシュアップ出来たのではないか?という気がする。

危惧しているのは、本作の大ヒットにより、「情熱とアイデアさえあれば、金なんてかけずに良い作品が作れる」という言説がまかり通ってしまう事だ。
根性論では、現場が疲弊していくばかりである。
それは、戦時中から続く日本社会の悪癖である。
邦画界に必要な事は、「才能とアイデアがある監督の企画に、資金が集まる仕組み」であろう。

しかし、無名俳優たちに一気に注目を集めた事は、本作の大きな遺産になるだろう。
特に、母親役のしゅはまはるみは、最も達者で、魅力のある役者だった。
アクションまでこなせるし、即戦力として色んな役が出来るだろう。
監督役の濱津隆之は、とにかく顔に味があるし、プロデューサー役の竹原芳子は、一度見たら忘れない、とんでもない顔をしている。
彼らを、またスクリーンで是非観てみたいと思う。