ミヤザキタケル

ファントム・スレッドのミヤザキタケルのレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
4.4
ファントム・スレッド
第90回アカデミー賞衣装デザイン賞受賞作。

1950年代 ロンドン
英国ファッション界で確固たる地位を確立させ脚光を浴びているオートクチュールの仕立て屋 レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、ウェイトレスとして働くアルマ(ヴィッキー・クリープス)が持つ“完璧な身体”に惹かれドレスを作るためのモデルとして迎え入れる。
独身主義を貫き自身のスタイルやリズムを崩されることを極端に嫌うレイノルズに不満を募らせていくアルマは、ある出来事をキッカケにレイノルズの世界に大きな変化をもたらしていくのだが…。
愛憎渦巻く男女の駆け引きや傲慢さを通し、天才が抱える孤独・苦悩・脆さを描いた作品だ。

これまでの数度に渡る俳優休業宣言とは異なり、今作を最後に俳優引退宣言をしたダニエル・デイ=ルイス
アカデミー主演男優賞に3度も輝いた唯一の俳優であり、その徹底した役作りはいつだって群を抜いている
今作に至っては撮影前に1年間ドレス作りを学び、実際に作れるようになったというのだから恐ろしい
何だかんだ再びカムバックしてくれることを期待してはいるが、劇中のレイノルズとダブって感じられることも相まってどこか納得がいってしまう
今回がラストであることを受け入れられるだけの、恐ろしくも美しいモノを見せつけられた。

何かを創造・創出する者にとって、刺激やインスピレーションは必要不可欠
研ぎ澄まされた思考性や閃きを維持し続けるためには、多くの制約を自身に課す必要もあるだろう
時に人と異なる修羅の道を歩み、理解されないことや非難されることもあるだろう
そんな険しい道を歩み続けられる者だけが“天才”と呼ばれ、ぼくら凡人に未知の世界を垣間見させてくれる

そう、ぼく達は彼らのような存在をついつい“天才”の一言で片付けようとしてしまう
彼らが抱える“孤独”になど到底寄り添えず、華やかさにばかり目が留まって“孤独”を抱えていることすら気が付けない
理解の及ばぬモノには名や理由を付けたがり、どう足掻いても理解が及ばないと分かれば関わることをやめるかこちら側に引き込もうとしてしまう
が、引き込まれた時点で彼らが持つ特異性は消え失せる
だからこそ、己のスタイル・リズム・ルーティーンを最優先してエゴイストで在り続けることをレイノルズは選んでいた
俗人や俗世の凡庸で普遍的な幸福に身を置くことを拒み、“天才”で在り続けるための努力を徹底して行っていた
天才が天才である所以を、そのプロセスを観客は目にすることになるだろう。

レイノルズが持つ孤高の精神・類稀な繊細さ・徹底したストイックさ
それらはとても絶妙なバランスで成り立っており、精密機械の如く少しのズレが生じただけでも狂い出す
世間の常識には目もくれず、独自の世界観や気高さを有しているからこそ誰も目にしたことのない世界を生み出せる
日頃のルーティーンが彼の基盤を形作り、常に新たな刺激をその身に取り入れることでクリエイティブな思考性をアップデートさせていく

彼にとって、女性はまさにミューズであり刺激の塊
けれど、刺激が無くなれば必要無くなる
味がしなくなったガムは吐き捨てるのが道理
物語冒頭においてアルマとは別の女性と暮らしていたことから、常に新たなミューズを迎え入れては消耗品の如く交換し続けてきたのだろう
別れの餞別兼慰謝料として高級ドレスを一着譲渡する様は、ガムを包み紙に包んで捨てるのと大差無い
一般論では最低な男なのかもしれない
が、どれもこれも上質なオートクチュールを生み出すためには必要なこと
そういったストイック性を分かち合うことができなければ、彼とやっていくことなんてできやしない
天才と凡人の境界線はそうカンタンに飛び越えられない。

しかし、アルマだけは違っていた
天才でもなく、境界線を飛び越えるわけでもなく、あなたやぼくに近しい存在の彼女が、明確な愛情と憎悪を胸にレイノルズを自分側に引き寄せようとする
彼が放つ狂気に長い間あてられていたことで、凡人にしか辿り着けない狂気の領域へと足を踏み入れてしまったのだと思う

境界線ギリギリのスレッスレで行われる駆け引き
どちらの欲望が相手を凌駕・屈服させられるかの勝負
まるで美しい絵画を観ていたかのように洗練された時間は、気付けば地の底に落ちていた
吐き捨てたはずのガムが靴の底にへばり付き、引き剥がすことができない
若しくは、味のしなくなったガムをそのまま飲み込んでしまう状況へと陥っていく。

常に決定権を所持していてこそのエゴイスト
誰よりも貪欲で傲慢でなければ、唯一無二のモノは生み出せない
特定の相手に身を捧げれば、人並みの生活に身を置けば、制約を破れば、多くのことを見失う
生きていく上で支障は無いが、アーティストとしては致命的
人と異なる道を歩む者にとって、理解され難い孤独な道を突き進む者にとって、おそらく戒めとなる作品です

ダニエル・デイ=ルイスの俳優最後の姿、ぜひ劇場でご覧ください。

青春★★★
恋 ★
エロ★
サスペンス★★★★
ファンタジー★★★
総合評価:A