ポール・トーマス・アンダーソンが妻マーヤ・ルドルフとの関係から着想を得たゴシック・ロマンス、もとい男と女のラブゲーム映画。
50年代ロンドンで活躍する一流ファッションデザイナーが田舎町で働くウェイトレスを見初め、ミューズとして傍に置く。ベースにあるのはダフネ・デュ・モーリア原作、アルフレッド・ヒッチコック監督の『レベッカ』、またその元にあるシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』など。典型的なゴシック・ロマンスに男と女のパワーゲームをスクリューボール・コメディ的とも言えるユーモアを交えて描く。またゴーストストーリーとしての要素もありイギリス怪奇小説のテイストも含まれる。主人公レイノルズ・ウッドコックは母親の亡霊に取り憑かれているマザコンであり、彼をその「呪い」から解放するのがアルマに課せられた使命である。母親に囚われているレイノルズには父親との関係に囚われて来たPTAが重ねられる。いつしかデザイナーとミューズから男と女、夫と妻となる過程で主従関係は逆転する。『ザ・マスター』におけるカルト教祖と信者の関係が逆転する流れを踏襲しているが、男と女の関係においては普遍的である。『美女と野獣』や『マイ・フェア・レディ』においてもその逆転は描かれる。この映画の撮影終了日に他界したPTAの師、ジョナサン・デミの映画における女性の描かれ方も近い。後半部の展開にはデュ・モーリアの『レイチェル』からの影響もあるという。男女、夫婦間の卑近な話をゴージャスなルックで仕上げたPTAは、以前にも増してスタンリー・キューブリックへ接近したと言える。ラブストーリーとしても感情の描写が丁寧であり、ドレス作りについて夢中に語るレイノルズへのアルマの眼差しに確かな恋を映す。デヴィッド・リーンの『逢びき』からの影響であろう。同じくリーン監督の『情熱の友』からの引用も見受けられる。大晦日パーティーのシークエンスは主にここから。PTAが今作への影響を公言しているのはヒッチコック、キューブリック、リーン、それにマイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーなどのイギリス人監督の巨匠たち。過去作の殆どでL.A.を舞台にして来たPTAが初めて国外、イギリスを舞台にした作品である。レイノルズのモデルになっているのは50年代に活躍したファッションデザイナー、チャールズ・ジェームス。上流階級向けの彫刻のように美しいドレスは60年代以降の流行と相反し人気は低迷した。彼は1954年に25歳年下のナンシーと結婚している。PTAはいつも時代に置いてかれる人間を描いて来た。レイノルズとアルマの幸福に満ちたラストは、マックス・オフュルスの『快楽』のラストを想起される。流麗なカメラワークもオフュルスの影響。それはまるでゴーストの視点のようだった。
仕事ばかりで家庭を顧みなかったPTAは今作をきっかけに心を入れ替えたという。新作の脚本は8歳の娘と一緒に書いているそうだ。ダニエル・デイ=ルイスも役に入り込み過ぎた結果なのか、今作を最後に俳優引退を表明した。役が抜けたらまた戻って来そうだが。